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敬老の日のどの席に座らうか 吉田松籟【季語=敬老の日(秋)】


敬老の日のどの席に座らうか

吉田松籟

 駅のホームのどこで電車を待つか。自分なりに研究してベストポジションは決まっている。どこに並んでも列の長さはそんなに変わらないのだが、優先席が近くにある出口の前は短いことが多い。みんな優先席には座りたくないのだ。座りたくない理由は席を譲りたくないからではなく譲るつもりがあるからだろう。前に立った人に譲って断られないか、かえって失礼にあたるのではないかなどと考えてしまうことがある。

 理由なく断られると罪悪感に襲われるが、それは気にしなくて良いはず。「立つのがかえって大変だから」「リハビリのために立っている」と断られたのには納得。一番困るのが身ぎれいにしているお姉様。これだけ綺麗なら譲ったら失礼かも?「一駅で降りるので」くらいの理由であれば断られても強引に立ってすぐその場を離れる。

「おなかに赤ちゃんがいます」と書かれたマタニティマークのキーホルダーをつけていてくれるとためらう必要がないから助かる。こちらの逆バージョンで「席ゆずります 声かけてください」というキーホルダーもあるらしい。ヘルプマークをつけている方にはうまく譲れたことがない。声のかけかたが悪かったのだろう。

キーホルダーでいうと後期高齢者の方は「席を譲られたら座ります」「席を譲らなくて結構です」と書いたものをつけて下さると変なプレシャーがなくなると考えたことがある。しかしこれは何かが違うような…。

敬老の日のどの席に座らうか

 どの席に座るかという問題は会議や宴会・劇場などにもつきまとう。常にある問題なのだが、それが敬老の日となると真っ先に優先席を思い浮かべてしまう。席を譲る側からしてみると「譲っても良いかどうか」の問題になるのだが、座る側からしてみると自分が座って良いのか?という別の問題が生じる。それなりの年齢は重ねているけど脚は丈夫だし杖もついていない微妙な年齢なのだろう。それゆえ「こんな若いもんが優先席に座って!」と思われることを期待しているのかもしれない。かといって普通の席に座ったら「優先席に座ってくれればいいのに」と思われるかもしれない。どこに座るにしても譲るべき人が来たら譲れば良いだけの話なのだが、「老人なのに!」「若いのに!」と思われない席をまずは選びたいのだ。

 この句、若者の心情であれば共感が難しい。「座らない」も選択肢に入れてほしくなる。一方かなり高齢の方だとするとご無理なければ優先席に座っていただきたい。

 あともう一つの可能性。モノレールの一番前の前を向いた席だ。運転士気分が味わえる。あそこはお子様向けに思われるが、敬老の日は敬老席にしても良いのかもしれない。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
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