服部崇の「新しい短歌をさがして」

【第23回】新しい短歌をさがして/服部崇


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。



【第23回】
「越境する西行」について


4月27日、2024年日本人文知国際シンポジウム並びに西行学会台湾特別大会が淡江大学淡水キャンパスにて開催され、参加する機会を得た。西行学会がアジアで開催されるのはこれが初めてとのことであった。来賓としての挨拶を求められた。挨拶の中で、私は、次のように述べた。

本日は、特に、西行に関わる研究発表を楽しみにまいりました。私自身、最近、西行の『山家集』を読みました。百人一首に、西行の〈なげけとて月やは物を想はするかこち顔なるわが涙かな〉という一首があります。以前から「顔」というのは妙な言い回しだと思っていたのですが、『山家集』を通読して、西行に「顔」を用いている和歌が散見されること、「顔」が西行のキーワードであることを認識しました。西行が和歌の歴史の中でどのような革新を担ったか、西行研究が現代の台湾や日本においてどのような意義を持ちうるのかに関心がございます。本日は勉強させていただこうと思っております。

実際、西行に関する様々な研究発表は私にとって刺激的な内容であった。そして、西行研究の現代的意義についても少しは理解できたような気がした。

基調講演Ⅰは阿部康郎・名古屋大学名誉教授による「中世の日本の越境者達の系譜―西行と後深草院二条」であった。「越境」という文化的概念を用いて「西行」を位置づける講演は興味深いものであった。「遁世」が西行の社会的な越境を可能とした。「彼の邨瀬は、身分や階級という社会的な束縛を超越した、主に和歌を通じた自由な交流を可能にする、その為の積極的な選択であった」(予稿集、2頁)。そして、西行は、『西行物語』や『撰集抄』という伝承と説話の世界へ越境した。

さらに、講演の後半では、「女西行」と称される後深草院二条の『とはずがたり』が語られた。「西行の成し遂げた多元的な越境(中略)を、自らのものとして再び生き直す、その時に現れたのは、後深草院二条が、西行とその娘(或いはその妻までも)を含めた物語の性役割(ジェンダー)を一心に体現することで超越する、テキスト上の高貴な精神性と捨身の行動が結合した人格である」(予稿集、7頁)とされた。

講演を聞きながら、伊勢物語や光源氏から西行そして後深草二条への日本の文学的な系譜は、現代日本におけるライトノベルやアニメーションやゲームにおける転生もの(『転生すればスライムだった件』)やループもの(『Re:ゼロから始める異世界生活』)につながっている!と思った。阿部教授の基調講演の後に行われた対談の際においては、田世民・台湾大学日本語文学系副教授が似たような指摘を行った。休憩時間に個人的に阿部教授に感想を伝えたところ、阿部教授からは、輪廻転生、ジャータカ、本地垂迹との関連を指摘していただいた。 

西行学会は2009年4月に設立された。学会設立趣意書には「今こそは、西行に関心を抱く、すべての人々が結集し交流し、それぞれの西行を深め合い、新たな西行を発見してゆくことで、越境する西行、脱領域する西行を「西行学」の名の下に再構築する」と記されている。

同学会の雑誌「西行学」は2024年4月現在、第14号まで刊行されている。


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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