井上泰至の「漢字という親を棄てられない私たち」

【連載】漢字という親を棄てられない私たち/井上泰至【第2回】


【連載】
漢字という親を棄てられない私たち/井上泰至
【第2回】
句会は漢詩から生まれた


 10月16日、松山の子規記念博物館で講演をやってきた。題して「句会の子規―様々な創意」。関連展示に合わせたもので、眼を引く資料も多かったが、何と言っても、同館所蔵で、子規の句会を描いた、下村為山の絵が目玉だった。

下村為山画河東碧梧桐賛「俳句革新記念子規庵句会写生図」|愛媛県|ご当地限定ジグソーパズルシリーズ「パズル紀行」|エポック社 (epoch.jp)【リンク切れ】

 昭和10年秋、明治31年ごろ子規庵で行われた新年句会を想像して、下村為山が描いた絵に、碧梧桐が例の独自の書体で文章を記したものである。子規に最も近い所には碧梧桐がいて、それに対して高い鼻に特徴のある虚子はずっと下座に控え、若造という感じで描かれている。最初に子規の門人となったのは自分だという碧梧桐の矜持がうかがえ、実に面白い。この絵が描かれた当時の俳壇は、虚子の俳句王国が完成し、碧梧桐の敗色は誰の眼にも明らかだった。

 さらに目立つのは句会の輪の中心に、やや老いた内藤鳴雪が鎮座して、披講をしているところである。鳴雪は声が良かったし、書生仲間の子規一派の中で、彼だけは漢詩人としても知られており、読めない字はなかったからでもある。

 それにしても、元々常盤会宿舎で、子規たち書生の勉学を監督すべきだった鳴雪が、逆に子規の影響で俳句ごときに魅入られてしまったのは、なぜなのか?後に鳴雪は、元々漢詩に長じていたから、俳句の作法を聞いて、漢詩と同じだと感じて興味を持ったと述懐している(『ホトトギス』大正二年六月)。

 ここに近代の句会、ひいては俳句の成立の秘密がある。漢詩はもともと、題詠から出発し、題に関連する言葉を作法書から引いて、字を埋めて五言や七言を成していくところから始めるものだった。幕末の漢詩の大衆化と流行は、そのマニュアルである『詩語粋金』の爆発的な売れ行きと比例していた。

新撰詩語粋金 – 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

 子規の当初の句会は「競吟(せりぎん)」と言って、季語や古俳句の一部を題とし、出来たものから句を詠んで競うものだった。さらに名句の一部を残して、残りの部分にどういう句を入れるか考える「埋字」という修練法も採用した。

  名月や畳の上に松の影  其角

  薫風や裸の上に松の影  子規

 こんな調子で、今なら盗作と指弾される詠み方で、俳句の調べを学んだのである。『俳諧大要』でははっきり、古句の半分くらい剽窃しても、残りが新しければ問題ないと言い切っている。こんな大胆にも思える方法も、俳句よりはるかに上の身分の文学であった漢詩では常識だったから、俳句で許されても子規らの意識の中では不自然ではなかったのである。

 私も京都島原で行われた蕪村忌俳句大会で、この詠法をやったことがある。

  学問は尻からぬける蛍かな  蕪村

 くじで蕪村の句をひき、当たった句の文体に沿って詠むのである。「学問」などというおよそ俳句ではふつう詠まない題材を、まずは大上段に「は」で切り出し、「ぬける」「蛍」と韻を踏んでいることをすばやく見て取って、

  麗人は首から知れるショールかな  泰至

と字を埋めて高得点句となった。ただし、女性陣は誰も取らなかったが。「埋字」は、虚子も『俳句の作りよう』で推奨している。

 鳴雪からみれば若造の子規だが、その背景には松山一の漢学者、祖父大原観山の存在がある。観山先生の孫が勧めるなら、ワシもよかろう。たぶんそんな感じで、俳人鳴雪は誕生したのである。


【執筆者プロフィール】
井上泰至(いのうえ・やすし)
1961年、京都市生まれ。上智大学文学部国文学科卒業。同大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。現在、防衛大学校教授。著書に『子規の内なる江戸 俳句革新というドラマ』(角川学芸出版、2011年)『近代俳句の誕生ーー子規から虚子へ』(日本伝統俳句協会、2015年)『俳句のルール』(編著、笠間書院、2017年)『正岡子規ーー俳句あり則ち日本文学あり』(ミネルヴァ書房、2020年)『俳句がよくわかる文法講座: 詠む・読むためのヒント』(共著、文学通信、2022年)『山本健吉ーー芸術の発達は不断の個性の消滅』(ミネルヴァ書房、2022年)など。


【バックナンバー】

第1回  俳句と〈漢文脈〉


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