神保町に銀漢亭があったころ【第103回】中島三紀

銀漢亭の午後、
「一句一菜」の時は流れて

中島三紀(「俳句αあるふぁ」編集人)

2017年の秋、「俳句αあるふぁ」誌上での「一句一菜」の連載を引き受けていただき、初撮影は、2018年1月5日となりました。「独活が手に入るかな?」と言われていた私は、前年の暮れのうちに、慣れない日本橋界隈デパートの野菜売り場をまわってなんとか「独活」をゲット。九段下の会社の冷蔵庫で大切に寝かせていました。

5日、約束の12時にカメラマン氏とともに到着。「失礼します、今日はお世話になります!」と、静かな店の中に入り奥の厨房をのぞくと、調理の手をとめないまま、笑顔の伊那男さんが振り返りました。すでに数品の料理ができており、私の持参した独活で、もう一品を手早く完成させるまで15分もかかりません。すぐに、一品一品の撮影に入りました。「どの皿がいいかな」と伊那男さん。「どの色がいいでしょう」と私。料理の色合いや掲載月の雰囲気から、料理下に敷く紙を選びます。時には、店の中のグッズを利用させてもいただきました。それらが決まると、カメラマン氏が、あれこれと角度を変えながら、時には、箸で具材の位置をかえながら撮影。ここまで、到着から1時間もかからず余裕で終了。早い…..。

「せっかくだから、料理を食べていってくださいよ」

「ありがとうございます!」

いやむしろ、それが楽しみでした。「正月だから、いいでしょ、うまい日本酒もありますよ」といって「楯野川」 を出してくださる…。真っ昼間、午後2時過ぎという時間から、数々の伊那男さんの料理を味わいながら、勤務時間中に美酒にひたるわけです。「罪悪感ありますね」とは言いながら、そんなのは口だけ。「日本酒は好きですが、弱いんです、そしてすぐに顔に出るんですよ」というカメラマン氏は、はじめは遠慮がちでしたが「やっぱりちょっといただきます」と、ひと口…。

しばらく間があき「え、日本酒って、こんなに美味いんですか。思っていたのとぜんぜん違う……」と、真面目に驚いていることに驚く伊那男さんと私。

「うまい日本酒、飲んでこなかったんだな」と伊那男さん。そこからしばらく、日本酒のレクチャーをいただきました。そして、京都の話、奥さまの話、ご家族のことなど、そして私たちもあれこれと自分のことを語りだし、またたく間に時間が流れました。この日を機に、私の一番好きな日本酒は「楯野川」になりました。

「あまり長居しては」と、店を辞したとき、外はまだ明るかったのを覚えています。お酒を飲んでもいっこうに顔に出ない私と違い、明らかに顔に出ているカメラマン氏は「社に帰ったら、○○さん(カメラマン氏の上司)に釈明してくださいよ」と気にしていましたが、後にこの上司カメラマン氏が「撮影、俺がいくわ」と…。「え、○○さんが行くんですか?」といかにも残念そうな「一句一菜」初代カメラマン氏の表情は、今も忘れられません。

こんな至福の「銀漢亭の午後」を、何度か過ごさせていただきました。

伊那男さんをひとりじめして、さまざまなお話を伺えるのもまた、至福の時間でした。

この場をかりて、改めて、お礼申し上げます。

<番外写真>
自家製の極上のカラスミ
*写真はとりましたがこれは誌面に掲載せず、われわれのお腹に収まりました。

銀漢亭近くにある、毎日新聞社で「俳句αあるふぁ」の編集部員として仕事をするようになったのは1992年、今から28年ほど前のことです。「俳句αあるふぁ」が創刊されてまもなくという時期で、はじめての仕事は、中村真一郎氏と吉村昭氏の対談でした。平成の一桁の頃です。

それなのに、夜の銀漢亭にはじめて伺ったのは2017年、まだ3年ほど前のことです。

石寒太編集長時代、われわれ編集スタッフは、取材以外で、俳人の方がたとともに過ごす「場」には、ほとんど出て行くことなく過ごしていました。なんといっても、俳人・石寒太氏がおられたわけですから、すっかり頼りきっていたのだと思います。

毎日新聞社の前は、東京・目黒時代の「邑書林」島田牙城氏のもとで働き、その前は、東京四季出版で、季刊短歌誌「短歌四季」の編集を担当しました。その前はパリで1年間、学生として過ごしました。帰国して、編集経験ゼロの人間を、ただ「詩歌が好き」というだけで、当時の社長・松尾正光氏は、よく採用してくれたものだと思います。「短歌四季」時代は、歌人の春日井建、塚本邦雄、両氏との思い出が一番鮮烈です。句歌集は、まだ活版印刷が普通の時代でした。塚本邦雄氏の「玲瓏」誌のお手伝いで精興社へ、シャンソン本『薔薇色のゴリラ―名作シャンソン百花譜』(北沢図書出版刊)のお手伝いで、北沢書店にもよく行ったことを思うと、神保町界隈は30年以上、足を運んでいることになります。

薔薇色のゴリラ』の表紙に、小さくフランス語タイトルを入れるにあたり、直訳すると「Le gorille rose/ル・ゴリーユ・ローズ」となるが、どうもリズムが悪い、どうしたらいいか、と電話があったとき、頭に浮かんだのが、エディット・ピアフの「薔薇色の人生、La vie en rose」でした。咄嗟に「Le gorille en rose/ル・ゴリーユ・アン・ローズ」ではいかがですか、と思いつきで言ったのを喜んで採用してくださったことなど、頼りのないかけ出し編集者を温かく可愛がってくださった思い出も、神保町という街とともにありました。

表紙上にはイタリック体で〈Le gorille en rose〉の文字。(画像をクリックするとAmazonにリンクします)

この秋の10月1日、新聞本社での仕事を終えたあと、九段下にある出版まで戻るとき、神保町を少し歩きました。秋晴れで爽やかな1日で、まっすぐ九段下の会社に戻るのがとてつもなく嫌になり、少し歩こうと思い立ったのです。神保町ブックセンターの中の喫茶店で、ランチとソフトクリームとコーヒーをいただきました。それから、岩波書店の前まで行きました。山形屋紙店で、何点か便箋や葉書を求め、それから北沢書店まで行ってみました。

塚本邦雄氏がご存命のころ、北沢書店2階の北沢ギャラリーで、シャンソンの会を折々に開かれました。そのたびに呼んでくださったことを思いだし、ふと行ってみたくなったのですが、今はすっかり変わっていました。それから、銀漢亭の跡が今どうなっているのかが気になり、懐かしい道筋を歩きました。新しいテナントが決まったのか、内装の工事が進んでいましたが、店先のたたずまいに銀漢亭の名残を確認し、3年間の回想に浸りつつ、しばらく時を過ごしました。

いよいよ帰ろうかと歩きはじめたら、見慣れない店舗をみつけたのでのぞきました。「2週間前に開店したばかりです。近々ぜひおこしください」と笑顔で店のカードを手渡してくれるにこやかな女性に「近くきますね」と約束のようなものをして九段下の社に戻りましたが、いまだ、そちらのほうには、足が向きません。

2021年3月「俳句αあるふぁ」は休刊することになりました。

伊那男さんのように「爽やかに」を目指したいのですが、人間が小物ですと、なかなか難しいですね。修行が足りません。

このことは、実は8月から会社と協議を続けてきましたが、残念ながら力およばず、このようなことになりました。

ですが、ひとつだけ事実として伝えさせてください。

コロナ感染拡大もいまだおさまらないなか、俳句はむしろ求められていると実感しています。俳句を投句するときに、細かな文字でぎっしりとメッセージを書いてくれる読者が増えています、定期購読者も増えています。書店で購入いただく数は、ほぼかわりません。今回の「休刊」はあくまでも、毎日新聞社の方針の転換によるものです。「俳句αあるふぁ」は休刊となりますが、俳句を求めておられる多くの読者からの声があることを皆さまにお届けし、今後ますますのご活躍をお祈り申し上げます。私自身は春からは出版を離れますが、本社にもどり、今しばらく詩歌の仕事を続けます。

お名前をあげたらきりがないほどの、たくさんの魅力的な方がたに、銀漢亭があったからこそ、出会うことができました。伊那男さん、皆さま、本当にありがとうございました。

感謝を込めて、2年間にわたり「一句一菜」に登場したメニューと、全写真をお届けします。材料は明記してありますが、レシピはなしです、すみません。

そういえば、藤田直子さんがつぶやいておられました。

「レシピ通りに作っても、同じ味にはならないのよね」って。


【「一句一菜」2018年度】
4月/独活のキンピラ
5月/レタスのオイスターソース炒め
6月/胡瓜と人参の浅漬けサラダ
7月/アボカドとマグロのサラダ
8月/砂肝の黒胡椒炒め
9月/ガーリックライスの茸ソースがけ
10月/秋刀魚の味噌漬け焼き
11月/セロリと海老と帆立貝柱の豆鼓炒め
12月/牡蠣とベーコンのうま煮
1月/鰤の酒粕煮
2月/鶏の柚子胡椒焼
3月/蛍烏賊のさっと煮

【「一句一菜」2019年度】
4月/鶏の笹身と菜の花の辛子和え
5月/身欠鰊の山椒漬
6月/鰺の酢〆
7月/鮎の山椒煮
8月/茄子のチーズカレー
9月/栃尾の油揚の香草はさみ焼き
10月/馬鈴薯のアンチョビペースト炒め
11月/山芋の海苔巻揚
12月/牛蒡・蓮根と牛肉炒め
1月/紅白の酒粕汁
2月/芹と鮪のづけの山葵和え
3月/蕗味噌の胡麻ペースト和え


【執筆者プロフィール】
中島三紀(なかしま・みき)
1964年岐阜生まれ。大学ではフランス文学専攻。詩人ポール・エリュアールにのめりこみ過ぎ、大学卒業後、2年間の社会人をへて渡仏、パリ第Ⅳに1年間在籍。パリまでの交通手段は、横浜からのナホトカ航路と、ソビエト時代のシベリア鉄道+欧州鉄道。帰国の時にはじめて飛行機に乗る。チェルノブイリ原発事故の2年後のソビエトと、ベルリンの壁崩壊直後のベルリンでの2度「死ぬかと思った」事件に遭遇。帰国後、編集の仕事に従事。数社を経て、現在は毎日新聞出版社員、「俳句αあるふぁ」編集人。編集(協力)担当書で思い出深いものは、『残花遺珠―知られざる名作』(塚本邦雄著)、『ほんとだよ!―フランスの子どもの詩』(M・ボルモン著:比留間恭子訳)、『薔薇色のゴリラ―名作シャンソン百花譜』(塚本邦雄著)および同書収録の全掲載シャンソンの歌詞聞き取りテキスト起こしと翻訳歌詞確認(大変すぎて助っ人頼みましたが)、最近では『沈黙から立ち上がったことば―句集歴程』(宮坂静生著)、『名句の所以 近現代俳句をじっくり読む』(小澤實著)など。



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