ハイクノミカタ

桔梗やさわや/\と草の雨     楠目橙黄子【季語=桔梗(秋)】


桔梗やさわや/\と草の雨

楠目橙黄子(くすめとうこうし))


ひさびさの晴の数日、(前回言ったように)秋は魚屋もないとつらいけれど、やっぱり晴がないとつらいのです。さらにいえば、朝はスープがいいし、夜は小鍋がよく、新米のお供もかなりの位置を占めます。でも、その辺は自分で何とか出来るところであって、やっぱり晴は誰にもどうすることもできなくて。

(原稿を書いている)今日は秋晴、ダリアとトルコ桔梗と竜胆の花束をもらって、二軒ほど飲んで帰ってきました。あー、ダリアが重かった。ともかく、晴が続けば少々の雨の句もとりあげられ。

桔梗やさわや/\と草の雨

掲句は桔梗の句、「きちこう」とも読む。硬質な花弁に揺れやすい茎、それに続く「さわやさわや」というオノマトペはその様子かと思いきや、「草の雨」のこと。

桔梗それ自体も、広い意味で言えば「草」なのだけれど、焦点はまず桔梗、そして、あれこの音は何かしらという具合に、その周囲の草に降る雨へ広がっていく。桔梗については何も描かれてはいない。しかし、その雨は当然桔梗にも降るだろう。時々思い出したように、その雨粒に揺れながら、しかし、桔梗はぱちりと開いて、その音の様子とはすこし距離を置いているようだ。

音しか描かれない草の広さもわからないけれど、桔梗を中心にどこまでも広がっていく。

東京はしばらく晴れが続くよう。最後の秋をお楽しみください。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


金曜日の種本はこちら↑(早い者勝ちです)

【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂
>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵   松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵      真下喜太郎

>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅      關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな   田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺      河野静雲
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>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
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>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
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>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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