初鴨の一直線に水ひらく 月野ぽぽな【季語=初鴨(秋)】


初鴨の一直線に水ひらく

月野ぽぽな

宴会などが終る時に「閉会」とはいわず「おひらき」というのは退いたり去ったりすることを直接言わないための忌詞だが、最近ではあまり耳にしない。台本のあるような宴会で若者が「宴もたけなわではございますがこの辺りでおひらきにしたいと思います。」と読み上げているのを見るとそのくらいは知っているかどうか確かめたいところだが、実際に聞いてしまう

と多分イヤな感じになるので気にしない、という一巡りをいつもしてしまう。若者よ、「おひらき」という言葉を使うような場面に居合わせるだけで勉強になるのだよ。

特に小規模な宴会は「そろそろ…」と言い出すのが難しい。なぜなら散会となるのが惜しいからだ。そんな時「おひらき」という言葉で締めくくられると柔らかく帰宅モードになるから不思議だ。

忌詞は慶弔の場面でしか慎重に扱うことがなくなったが、日常使いの忌詞を使うのも楽しい。「梨」(無し)を「ありの実」、「スルメ」(擦る=負けて損する)を「あたりめ」というくらいは馴染みがあったが、「去る」を忌み嫌った結果「得て」(=猿)になっているのは少し感動した。なるへそ※。

初鴨の一直線に水ひらく

初鴨が穏やかな水面をすいすい進んでいく。無限に伸びていく水脈が水面の中心をひらいていくように。水脈という言葉を使わずとも読者はあの白い直線を思い浮かべてしまうのだ。

ほかでもない初鴨だからこそひらいていくイメージと響き合う。新しい世界を切り開く感覚は「初」とう概念に似つかわしい。

句集のタイトルは第63回角川俳句賞を受賞した50句の表題句でもある〈まだ人のかたちで桜見ています ぽぽな〉からとったもの。それもあってかこの句は作者の代表句と呼ぶべき存在感を放っている。句集全体でもかぎ括弧をつけたくなるような直接話法の口語体はいくつかあり、新鮮な表現にたっぷり出会うことが出来る。この句にするため桜の季節まで待つことも考えたが、やはりどうしても掲句のストレートな写生に心惹かれた。「水ひらく」という表現に発見がある。

切れ味の良い光景を切れ味の良い表現で味わう。良いお米を良いお水で炊くような贅沢である。といってもぽぽなさんはニューヨーク在住だから良い小麦で良いパンを焼くことになるのかもしれない。

『人のかたち』(2024年刊)所収。

※「へそ」=「ほぞ」からきた言い回し。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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