ハイクノミカタ

クリームパンにクリームぎつしり雲の峰 江渡華子【季語=雲の峰(夏)】


クリームパンにクリームぎつしり雲の峰

江渡華子

「雲に乗った」ともし誰かが話していたらまずは疑う。夢か嘘か。または、何かのたとえなのではないかと推測する。しかし、雲に乗っている女の子の絵を見ると「乗った子がいる!」と強く思ってしまう。視覚の情報は圧倒的だ。雲に乗った子のイメージのリアリティが心理的な割合として真偽を上回るのだ。

アニメ「アルプスの少女ハイジ」オープニングの話である。3歳の時、アルプスでは雲に乗ることができるし、空からぶらさがったブランコがあると信じていた。そして何より自分はハイジだと思い込んでいた。自分をハイジだと思っていたゆえの大冒険エピソードはいずれここに綴るつもりである。

クリームパンにクリームぎつしり雲の峰

 「クリームぎつしり」がクリームパンの確かな重さを語っている。字余りもその重量感に拍車をかけるが、リズムは崩れていないのでそのパンもクリームはぎりぎりはみ出していないのだろう。

クリームパンはパンの軽さを想定して持ってみると存外重量がある。嬉しい重さだ。あんこはいかにも重そうなのでむしろ軽く感じることが多いのだが、クリームはその白さから重さを見誤りがちである。

同じ重量でも黒いものは重く感じ、白いものは軽く感じるという心理的効果はこんな小さなところにも影響を及ぼす。見えていないのに、イメージするだけでその効果は絶大だ。引越し会社の段ボールが白、金庫が黒の理由はここにある。

雲はきちんと計算してみると「トン(t)」単位の重さはあるようだが、その重さを手に取って感じることはできない。手に取れるほどの体積なら水滴分の重さしかないのに全体を見るとつぶされそうな重さを感じる。

軽そうで重いものと重そうで軽いもの。重量と重量感との差異が身近な題材ですっきりと描かれている。クリームパンを手に雲の峰を見て感じとったそのギャップの面白さは俳句でしか表現できない。クリームパンの質感も味もよく知っている者に「クリームぎつしり」はずっしりくるのである。

リアルタイムでハイジを観ていた当時、雲には乗れると思っていたのにあのハイジのパンは決して食べられないものだと思っていた。雲には乗れないものの、今やハイジのパンはパン屋で買うことができる。空からのブランコを再現した施設もある。ハイジになることはできなかったが俳人と自称できるようになったので、小さい頃無理だと思っていたことや信じていたことは90%くらい実現できているようだ。

『笑ふ』(2015年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
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>>〔107〕白玉やバンド解散しても会ふ 黒岩徳将
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>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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