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少年の雨の匂ひやかぶと虫 石寒太【季語=かぶと虫(夏)】


少年の雨の匂ひやかぶと虫

石寒太

保育園のママ友同士で自分の子どもの頭の匂いを嗅ぎたいかどうかが話題になった。どういうきっかけでそうなったのか…。大変狭いコミュニティの中の話だが、その中で男の子のお母さんは嗅ぐのが好き、女の子のお母さんは嗅ぎたくないということですっぱりと別れたのが興味深かった。その場にはお父さんがいなかったので子どもの性別によって父親がどう変化するのかはわからなかった。

恐らくだがここまで嗅覚にこだわるのは女性が圧倒的多数であろう。たとえばHY「366日」の歌詞。

〽恐いくらい覚えているの あなたの匂いや しぐさや 全てを

匂いとしぐさと(それ以外)全部という匂いの割合の大きさ。記憶の3割を締める。5割と解釈することもできる。この歌詞について何の疑問を持ったことがなかったが、「匂い」がトップに来ることについて男性陣が疑問を呈している場面に遭遇して意外に感じた。

とはいえいずれもサンプルの母数は小さいのでもう少しデータを集めたい。「子ども(あるいはパートナー)の頭の匂いを嗅ぎたいかどうか」についてのご意見を募集します。

息子の頭の匂いを嗅ぎたがるなんておかしいかしら?と思っていたが、話してみるとまさかの圧倒的多数(母数は少ないが)で強い連帯感を覚えたものだ。

少年の雨の匂ひやかぶと虫

「少年の雨の匂ひ」は文字通り雨に少し濡れた少年の匂いととりたい。雨の日はあらゆるものの匂いが濃い。乾いている時には気づかない匂いが立つものだ。少年自身の体温がその匂いを増幅させる。

かぶと虫には匂いがある、ない、匂いを好きになれない、結構好き、などそれぞれの次元で意見が分かれる。私は西瓜や胡瓜の匂いしか思い出せないが、かぶと虫自身に独特の匂いはあるらしい。かぶと虫の匂いに正解はないのではないだろうか。事実としてかぶと虫自身の匂いが存在するとしても人々が思い浮かべる匂いが多様すぎる。

かぶと虫の匂いが雨の日の少年の匂いを呼び起こした。かぶと虫の存在がその少年と重なったのだ。「少年」としたことで大人が詠んだ句であることがわかる。しかも「吾子」とせず「少年」と距離を置いたことでその少年像に厚みが出た。作者の少年時代とも重なるからだ。

小学校の頃、くわがたを飼っていた。「くーちゃん」と呼ぶと飛んできた。祖母の生まれ変わりだと信じていた。くーちゃんを失った後、かぶと虫を「かーちゃん」と呼んでかわいがったが名前を呼んでも飛んできてくれなかった。やはりくーちゃんが特別過ぎたのだ。

『風韻』(2017年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔107〕白玉やバンド解散しても会ふ 黒岩徳将
>>〔106〕樹も草もしづかにて梅雨はじまりぬ 日野草城
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>>〔103〕しろがねの盆の無限に夏館 小山玄紀
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>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
>>〔23〕菊人形たましひのなき匂かな   渡辺水巴
>>〔22〕つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠
>>〔21〕ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
>>〔20〕遅れ着く小さな駅や天の川    髙田正子
>>〔19〕秋淋し人の声音のサキソホン    杉本零
>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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