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卒業歌ぴたりと止みて後は風 岩田由美【季語=卒業歌(春)】


卒業歌ぴたりと止みて後は風

岩田由美

今日は、「3月9日」。日付と思う人もあれば曲名と思う人もいるだろう。周囲では「子どもの卒業式が…」という話がちらほらと聞こえはじめている。

レミオロメンの「3月9日」はもともとメンバー共通の友人の結婚祝に作られた曲であるのは有名な話。「3月9日に結婚するんだよね。“サンキューの日”なんだよ。ありがとうの日ってよくない?」という友人の言葉を受けたものだ。そんな心持ちで始めた結婚生活は明るいものに違いない。

作られた経緯はそうだったが現在は卒業ソンとして定着している。今回、引用するととんでもない文字数になるので歌詞については各自ご確認いただけるとありがたく。

サビに出てくる「あなた」は結婚相手とも友人や恩師ともとれる。

〽瞳を閉じれば  あなたが まぶたのうらに  いることで どれほど強くなれたでしょう あなたにとって私も そうでありたい

「あなた」が登場する前後の歌詞はことごとく季語である。

日永/三月/春風/桜/春/風光る/暖か/春眠し/春塵

この単語がそのまま使われているわけではないが、歌の世界に入っていくと春の季語が続々と見えてくる。

春に「新たな世界の入り口」に立つことを卒業ととらえたのは多くの人が賛成するに足る前向きな解釈だ。

卒業歌ぴたりと止みて後は風

 ここでいう卒業歌は「仰げば尊し」あるいは「蛍の光」として鑑賞したい。J-POPの曲を卒業式で歌うケースもあるようだが、候補となる曲が多すぎて季語としての働きが弱くなる。「ぴたりと止みて」は「仰げば尊し」の「いざさらば」か「蛍の光」の「別れゆく(1番)/歌うなり(2番)」であってほしい。3番の「国のため」まで歌う場面に出会ったことはない。

本当に音が止んだのは歌い終わった後、ピアノの伴奏者がその指を鍵盤から離し、ペダルから足を上げた瞬間であろう。

後は風。歌が止んだ後だから風音を指しそうだが、私はそうは感じられなかった。歌が終わり、集中力が途切れた瞬間に足元を風が吹き抜けるその感覚に気づいたのだ。その後風のように解散し、それぞれの進路に向かって歩いていく姿も思われる。

歌はぴたりと止むが、これから歩む先はまだぼんやりとしている。ピタリと止んだからこそこの対比が効果を発揮するのだ。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
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>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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