ねむりても旅の花火の胸にひらく 大野林火【季語=花火(夏)】


ねむりても旅の花火の胸にひらく

大野林火

「寝る」には眠るの意味が含まれているが、横たわるだけという意味もある影響で「眠る」というよりは眠りが浅そうである。

熟語で比較してみよう。「居眠」は読んで字のごとく座ったまま眠ること。「うたた寝」は漢字では「転寝」で、寝床に入らずに思わずうとうと眠ること。いずれも二文字だが、「居眠」は眠くて仕方がないといった睡眠のニュアンスが強く、「転寝」は睡眠をとるというよりは横になることに重心が置かれている。

俳人には「春眠」と「朝寝」で比較してもわかりやすいだろうが、春の季語なので遠慮した。

10年ほど前、午後になると眠くて仕事にならないので病気なのではないかと内科を受診したところ問診だけで「仕事大変ですよねえ」と決めつけられ「睡眠不足」と睡眠導入剤を処方された。当時は実際大変だったが医者に求めているのはそこではない。確かに寝つきは良くなったが寝起きが悪くなったので程なく服用をやめた。

大体のことはよく眠れば解決する。特に心情的な問題の場合は効果てきめん。そんな見当をつけていた。

それでも充分な睡眠時間がとれず、何も解決してしなかった日々を経て、身の回りのことが解決したら睡眠時間がとれるようになり寝つきも良くなった。

よく眠ったら解決する場合もあるが、解決したからよく眠れているのかもしれない。

ねむりても旅の花火の胸にひらく

旅先で出会う花火。花火大会に狙いを定めてその日にしたのだとしても偶然だとしても旅を彩るには申し分ない。

その出会いへの心の昂りは眠りについたとて収まることはないのだ。いやむしろ暗く静かなところに身を置くことによって花火の光や音が鮮やかに甦ってくる。

「ねむりても」「胸にひらく」のだから、夢であることは推察出来るが読後感としては夢の中よりずっと覚醒している。

「胸にひらく」の字余りがその昂りや覚醒を確かなものにしている。「胸」という具体が一つ入ることで収まりようのない胸の高鳴りが読み手にも響いてくるのだ。全身の静かな感動が胸に、胸中に集約されている。下五を定型に収めていたらこれほどの叙情はなかっただろう。

夏の旅は花火と行き合うことが多い。旅を祝福してくれているかのようなその出会いの度にこの句が私の胸にひらくのである。

『冬雁』(1948年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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