ハイクノミカタ

きりぎりす飼ふは死を飼ふ業ならむ 齋藤玄【季語=螽蟖(秋)】


きりぎりす飼ふは死を飼ふ業ならむ

齋藤玄


立秋を過ぎ、はやキリギリスが鳴く時期となった。当地では夏に蝉の声を聞くことはあまりなかったのだが、昨年からエゾゼミが鳴くようになり、今年は暑かったせいもあって毎日旺んに声を響かせていた。

エゾゼミとキリギリスの鳴き声が併存した日もあったのかもしれないが、印象としてはある日を境にはらりと交替したという感覚がある。夏から秋へ、空気が入れ替わるように。

 きりぎりす飼ふは死を飼ふ業ならむ

子どものころは毎年のようにキリギリスを捕まえてきて飼っていた。キリギリスはどこにでもいるものだが、子どもにとって捕まえるのはそれほど容易ではなく、やっと何匹か捕まえたキリギリスを虫籠に入れて帰ったものだ。

今でも、エサの西瓜の皮やキュウリの半ば饐えたような臭いを思い出すことができる。

虫籠に入れたキリギリスが長生きをすることはあまりなく、たいていはほどなく死んでしまったような気がする。子どもだからエサをやり忘れることも多く、そうすると共食いが始まり、あっという間に数を減らしてしまう。たかが虫ではあるが、共食いの様子は地獄の一場面のようでもある。

掲句の「業」という措辞はこんな場面から来たのかもしれない。「業」には、前世の善悪の行為によって現世においてうける応報、という意味があるが、人間の前世がキリギリスだったのか、キリギリスの前世が人間だったのか。八月の今だからこその想念が否応なしに湧き上がってくる。

「雁道」(1979年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔44〕東京の白き夜空や夏の果       清水右子
>>〔43〕森の秀は雲と睦めり花サビタ        林翔
>>〔42〕麦真青電柱脚を失へる       土岐錬太郎
>>〔41〕農薬の粉溶け残る大西日       井上さち
>>〔40〕乾草は愚かに揺るる恋か狐か     中村苑子
>>〔39〕刈草高く積み軍艦が見えなくなる  鴻巣又四郎
>>〔38〕青嵐神木もまた育ちゆく      遠藤由樹子
>>〔37〕夫いつか踊子草に跪く       都築まとむ
>>〔36〕でで虫の繰り出す肉に遅れをとる   飯島晴子
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>>〔27〕彫り了へし墓抱き起す猫柳     久保田哲子
>>〔26〕雪解川暮らしの裏を流れけり     太田土男
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>>〔24〕つちふるや自動音声あかるくて  神楽坂リンダ
>>〔23〕取り除く土の山なす朧かな     駒木根淳子
>>〔22〕引越の最後に子猫仕舞ひけり      未来羽
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>>〔20〕昨日より今日明るしと雪を掻く    木村敏男
>>〔19〕流氷は嘶きをもて迎ふべし      青山茂根
>>〔18〕節分の鬼に金棒てふ菓子も     後藤比奈夫
>>〔17〕ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く    かくた
>>〔16〕しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫
>>〔15〕極寒の寝るほかなくて寝鎮まる    西東三鬼
>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


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