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干されたるシーツ帆となる五月晴 金子敦【季語=五月晴(夏)】

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干されたるシーツ帆となる五月晴

金子敦


季語「五月晴」は、本来は梅雨のただ中の晴間のことであるが、掲句では陽暦五月のさわやかな晴天と読みたい。

五月には独特のイメージがある。美しい若葉の季節であることはもちろんだが、それにも増してその後に長い梅雨が控えているからこその、乾いた、肌を通り抜けるような空気の感覚をそこに感じるからでもあろう。

と言いながら、もういつの間にか六月になってしまっていた。1時間の季節外れをお許し願いたい(午前1時更新なので)。

干されたるシーツ帆となる五月晴

五月には旅立ちがよく似合う。入学、転勤などは四月となっているが、それは制度がたまたまそうなっているからで、ふらっと旅に出るなら五月の方がよさそうだ。若葉の明るさが心を軽くしてくれるだろうから。

掲句では晴天のもと、白いシーツが風に靡く景が鮮やかに映し出される。シーツは寝床にいる間にじっとりと日常が染みついたものだ。それを洗って干すことで、日頃のうつうつとした気分が薫風に晒され、旅心を迎える準備が整ってくる。そのとき風を受けて揺れるシーツが帆に見えたのだろう。あとはその白い帆に背を押されて出発するばかりだ。

「シーグラス」(ふらんす堂、2021年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔34〕郭公や何処までゆかば人に逢はむ   臼田亜浪
>>〔33〕日が照つて厩出し前の草のいろ   鷲谷七菜子
>>〔32〕空のいろ水のいろ蝦夷延胡索     斎藤信義
>>〔31〕一臓器とも耕人の皺の首       谷口智行
>>〔30〕帰農記にうかと木の芽の黄を忘ず   細谷源二
>>〔29〕他人とは自分のひとり残る雪     杉浦圭祐
>>〔28〕木の根明く仔牛らに灯のひとつづつ  陽美保子
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>>〔26〕雪解川暮らしの裏を流れけり     太田土男
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>>〔15〕極寒の寝るほかなくて寝鎮まる    西東三鬼
>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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