ハイクノミカタ

サフランもつて迅い太子についてゆく 飯島晴子【季語=サフランの花(秋)】

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サフランもつて迅い太子についてゆく)

飯島晴子


 難解をもって鳴る飯島晴子らしい俳句。このナンセンスすれすれの句に恣意的な読みで飯島晴子らしい匂いをかぎとってみたい。

 句を散文として読めば文意は明快だ。私(私達)、あるいは誰かがサフランをって迅い(速い?)太子(聖徳太子?)についてゆく。散文的な意味がそれ以上の何者でもなく、まったく取り付く島もない。ただ個々の言葉のもっている意味やイメージとその結合ぶりには癖があって、俳句でよくあるストンと腑に落ちるような具合にはならない。まず太子、語義的には世継ぎ、嫡男、王子、皇太子などだが、ここは聖徳太子と特定して読みたい。とくればたちまち例の有名句

孔子一行衣服で赭い梨を拭き

が思い起こされる。孔子一行、聖徳太子についてゆく人(人々)、どちらもスーパースターの賢人とその弟子たち―取りまきの群像である。孔子一行の方は淡々とした詠みぶりで渋くまとめているが、聖徳太子の方はどうだろう、迅い太子とは?早足の太子に弟子たちが必死についてゆくという図は平凡。生まれながら言葉を話し十人の訴えを聞き分けるといった超人伝説のある太子ならこの速さは尋常ではないはずだ。早いでも速いでもなく迅いである、匂う。辞書によれば卂は隼の象形とある、要するに飛ぶのだ。裳裾を翻し飛ぶように瞬間移動する超人太子の後を必死に追いかけてゆく弟子たち。追ってゆく弟子たちのなかに教科書で知るあの三人立像の両脇に小さく描かれた弟の殖栗皇子と息子の山背大兄王をみとめてもよい。

 ここまではいい、問題は冒頭のサフランだ。(季語だしね)江戸後期に渡来したサフランは当然古代日本にはない。紀元前から地中海世界で香料、薬用、染料としての歴史を抱えるサフランは極めて西欧的、それもギリシャ・ローマ的イメージの濃い植物、聖徳太子とのギャップは深い。シルクロード経由で貴重植物サフランが超人太子の手元にはあったとする想像もあり得る。このあたりは俳人―詩人飯島晴子の脳内の結合。

 さてサフランといえばどうしても詩人吉岡 実『サフラン摘み』を思い出す。

 この晴子の俳句を眼にしたとたん『サフラン摘み』が連想された。俳句は短いのでいきなり目に飛び込むキーワードによって読者の記憶のなにかが刺激されあらぬ方向にミスリードされる楽しみもある。

クレタの或る王宮の壁に

「サフラン摘み」と

呼ばれる華麗な壁画があるそうだ

そこでは 少年が四つんばいになって

サフランを摘んでいる

 以下地中海世界の光のなかで奇怪ともエロチックとも少年愛的ともとれる詩句が展開される。この詩を表題とした『サフラン摘み』が1976年初版。ひょっとして飯島晴子は読んでいるか?と調べてみたら前掲句の入る句集『春の蔵』は1979年。ふむ、あり得ると思った。更に調べればサフランの句は『サフラン摘み』と同年1976年作であったのでそれはなかった。

 それでも二人の詩人の脳内にサフランという特権的植物が前景化してきたのが1976年75年ごろという共時性をみるのは楽しい想像だ・・・というふうに俳句の鑑賞は常に横滑りしてゆく。

(岡野泰輔)


【執筆者プロフィール】
岡野泰輔(おかの・たいすけ)
1945年、埼玉県生まれ。テニス、サッカー、はものにならず、退職前に出合った俳句にすっかりはまる。(よくあるパターン?)2004年「船団の会」入会。同会散会まで在籍。句集『なめらかな世界の肉』共著に『俳コレ』


【飯島晴子入門にはこちら↓】


【岡野泰輔さんの気になる句集『なめらかな世界の肉』(通称・なめ肉)はこちら↓】


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】

>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして    原ゆき
>>〔2〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹   津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ    榮猿丸

【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】

>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥    橋本鶏二
>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ  京極杞陽
>>〔3〕いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝
>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上     鈴木花蓑

【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】

>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな  飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸     飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり    飯島晴子
>>〔5〕丹田に力を入れて浮いて来い   飯島晴子

【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】

>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず  加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓   加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる  加倉井秋を
>>〔5〕美校生として征く額の花咲きぬ  加倉井秋を

【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】

>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月  杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな   坊城俊樹
>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ   安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希

【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】

>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔2〕未生以前の石笛までも刎ねる    小野初江
>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄      吉村毬子
>>〔4〕星老いる日の大蛤を生みぬ     三枝桂子

【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】

>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲   安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲  宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく     加藤喜代子

【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉      正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな     正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等      野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし   野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海    野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


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