ハイクノミカタ

春天の塔上翼なき人等 野見山朱鳥【季語=春天(春)】


春天の塔上翼なき人等)

野見山朱鳥)


 この句を取り上げるにあたり、私はまずウィキペディアで「塔の一覧」を検索しました。あまりの多さにげんなりして途中から読むのをやめてしまいました。これだけ見るとそこら中にニョキニョキと塔が建っているような気がしてきます。「日本の塔」の中に東京ディズニーランドのシンデレラ城(中心メイン塔)まで含まれているのは驚きでした。

 さて、今回は私の「塔」にまつわる思い出話をさせてください。

 いまから9年前。2013年の1月25日から2月1日までの8日間、私は友人とヨーロッパを旅しました。ドイツ、スイス、フランス、イギリスを巡る旅です。毎晩泊まる宿が違う弾丸ツアーでした。旅の後半、TGVに乗ってパリへ移動しました。パリの街は寒くはないけれどどんよりと曇っていて、時折小雨が降ります。いかにも「オノボリさん」らしく、私と友人はエッフェル塔を観に行きました。

画像中央=エッフェル塔の前ではしゃぐ「オノボリさん」の筆者

 曇ってて残念だね〜、晴れてる方が写真映えしたのにね〜、などと友人と話していましたが、のちに旅慣れた人に聞いたところ「エッフェル塔は晴れた日に撮ると逆光になるから、曇りの日のほうがはっきり映っていいよ」とのことでした。近頃はスマートフォンのカメラもかなり進化しているので、逆光くらいどうにでもなるのかもしれませんが……。

 エッフェル塔をバックに記念写真をばしばし撮りまくり、いいかげん満足したのでそろそろ移動しようか、と思いはじめたころでした。

「フジモトさん?」

と、ひとりの若い女性が突然横から声をかけてきました。日本語でハッキリと私の名前を呼んだのです。パリに知り合いなんていません。いったい誰だ、と思ってよくよく見ると、その女性は中学生の頃のクラスメイトでした。卒業以来の再会です。驚きのあまり声も出ませんでした。彼女もポカンとした顔をしていました。ここが日本国内ならまだわかります。いえ、日本国内であっても偶然再会するのはかなりの低確率です。彼女は高校卒業後関西の大学へ進学したと聞いていましたし、私自身も当時地元を離れて東京に住んでいました。それがまさか、海外で再会するなんて。彼女も私と同様、旅行でパリを訪れていたのです。

 先の予定が詰まっていたので彼女とは二言三言交わしてすぐ別れたのですが、このできごと以来私は小説や漫画等のフィクションで描写される都合の良すぎるストーリー展開(「こんな偶然あるかあ?」と思わずツッコミたくなるような……)に対して「まあ、なくはないか」と、たいへん寛容になりました。

 

 ここは俳句のコーナーなので掲句についてもきちんと触れておかねばなりませんね。すみません。

 当たり前ですが、私たち人間に翼はありません。鳥のように地上を見渡したいときは、わざわざ(場所によってはお金を払ってまで)高いところへ登る必要があります。掲句の塔がいったいどこの塔を示しているのかはわかりませんが、現代に照らし合わせると東京スカイツリーだとか、東京タワーだとか、そういったところの展望台を私は想像してしまいます。

 朱鳥はキリスト教に大きな影響を受けている俳人ですから、翼なき人等(=人間)が天まで届くような建物を造ったところで、元より翼を持つ存在(=天使?)には到底敵わない……そんな諦観が滲み出ているように思えます。

 いま世界で一番高い建物はサウジアラビアの「ジッダ・タワー」のようです。その高さなんと1,008メートル。私の記憶はドバイのブルジュ・ハリファ(827メートル)で止まっていたのですが、いつの間にか追い抜かれていました。

 翼のない私たち、いったいどこまで高く登る気でいるのでしょうか。

 それではまた次週、お付き合いいただけますと幸いです。

(藤本智子)


【執筆者プロフィール】
藤本智子(ふじもと・ともこ)
1990(平成 2)年広島県生まれ。「南風」会員。
第9回龍谷大学青春俳句大賞短大・大学生部門最優秀賞。
第7回・第9回石田波郷新人賞奨励賞。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


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