ハイクノミカタ

片蔭の死角から攻め落としけり 兒玉鈴音【季語=片蔭(夏)】


片蔭の死角から攻め落としけり)

兒玉鈴音
『第24回俳句甲子園公式作品集』(2021年11月)83頁)


作者は愛知県立幸田高校の生徒。今年度(2021年度)の俳句甲子園全国大会に提出された句の一つである。

まず言いたいことだが、俳句甲子園全国に出てくる句、例年の入賞句と比べても見劣りのしない、相当「巧い」作品だと思う。一気呵成に読み下したという類いで、句のどの箇所にも間延びが見られない。言葉の互換性もなさそうだ。

そして謎も仕込んである。何を攻め落とすのか? 攻め落とすと言ったら石垣、城塞とか、あるいは僧兵を組織して武装した日本中世の寺などが思い浮かぶだろう。どうやら、何かが「組んである」物を対象とする場合に、この動詞が使えるようだ。

だから、どんな遊びを遊んでいるか、またはどんな戦いを戦っているのかが不明瞭に留まるとしても、このニュアンスが伝わるだけで十分なのだと思う。片蔭に潜んで(ここで季語の本意を軽々と突破したのが面白い)自分たちも黒子のように不可視の存在になっている。そこから突如抜け出し、敵陣の砦に突っ込むのかそれとも何かを放って、崩落させる。そして恐らくは別の場所に再び潜行する。ここまでの場面が一瞬に思い浮かんで小気味良いのだ。

主語の省略、五五七の変則型などのテクニックを乗りこなしている点も注記すべきだが、類想を免れた強みが大きいのではないかと感じられた。戦いの局所的な場面が描かれている句という範疇ではこれまでにどんな句があり、どのような戦いが詠まれてきただろうか。関悦史の句「伊勢海老ゴスゴス刃を入れられつ頭部は逃ぐ」(『花咲く機械状独身者たちの活造り』(港の人、2017年、88頁)は、角川「俳句」2012年1月号の初出では「ある戦いの記録」として7句掲載されていたようである。雑誌が手元にないので確認できないが、7句とも伊勢海老との戦いの句だったのだろうか。

戦う場面における焦点や戦況の変転が感じられる句が読みたい。

* * *

幸田高校は俳句甲子園の連続出場校。現在もそうなのかは存じ上げないのだが、少なくとも2017年時点で、自身も同校から俳句甲子園に出場した竹岡佐緒理さんが教員として指導していたことが、野口る理さんによる「SPICA」でのインタビュー(2017年8月17日の記事)から分かる。竹岡佐緒里さんは令和3年度、第50回「鷹新人賞」受賞作家。受賞作に「旅したし雪降る街に眠りたし」などの句がある。

他に第24回大会作品から書き抜きたい句は以下。

空蝉や平和にしがみつく我ら 加藤万葉(熊本信愛女学院高校・大会入選句)

焼茄子や都市の口唇てらてらと 本城庄音(群馬県立高崎高校)

両の手で汲み片手ほど飲む清水 村上綾(青森県立弘前高校)

片蔭や街に火食のけはひ満ち 荒川理生(開成高校B)

片蔭やかたちのちがふ椅子二つ 秋田祐輝(石川県立金沢泉丘高校)

片蔭に濁音捨てゆく少年 南光(愛媛県立今治西高校伯方分校A)

どの句にも謎があり、句評しなければという気を起こさせる。

永山智郎


【執筆者プロフィール】
永山智郎(ながやま・ともろう)
1997年、富山県高岡市生まれ。さいたま市に育つ。2009年、作句開始。2014年、第6回石田波郷新人賞準賞。「銀化」「群青」所属。共著に『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


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