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なにはともあれの末枯眺めをり 飯島晴子【季語=末枯(秋)】


なにはともあれの末枯眺めをり)

飯島晴子

 葉の先の方が枯れ細って、見るにも焦点を合わせきれないような感じ、それが「眺めをり」なのだろう。掲句で特徴的なのは「なにはともあれ」である。このような言葉を句に取り込むこと自体いかにも晴子らしいと言わねばならないが、もっと特徴的なのはこの「の」だ。

 「なにはともあれ」の前を補うとすれば「色々あったが」や「あれこれ問題はあるが」といったところだろうか。「なにはともあれ」と言うことにより、思考のある一点で、一旦区切りをつけている(「色々」や「問題」が実際に片付いているかどうかは不問である)。「なにはともあれの末枯」と書かれると、その到達点が「末枯」で代用される。思考に区切りをつけたその一点が、別の相である物理的な一点(この場合「末枯」)に置き換わるのである。そして末枯を眺めているのだから、結果としては、思考に区切りをつけたその一点を同時に眺めていることになる。

 たとえばこの「の」を除いて、〈なにはともあれ末枯眺めをり〉としたならば、思考上の到達点とは別に末枯を眺める時空間が提示されることになる。思考は一旦置いておいて、今は末枯を眺めている、といった具合だろうか。眺めているのはほぼ末枯のみである。「ほぼ」と書いたのは、末枯を眺めている人物を想像すれば、「色々あったが」「あれこれ問題はあるが」の「色々」や「問題」のことをぼうっと考えていると解釈するのが自然だからだ。

 「の」の有無のもたらす決定的な違いはこうである。「の」がない場合、辿ってきた思考過程全体を漠然と再生しており、どこか落ち着かない作者が思われる。対して「の」があった場合には、思考に区切りをつけた一点、つまり「なにはともあれ」と思った一点を眺めているのだから、ある意味で諦めをつけた、晴れ晴れとした作者が思われるのである。実際に、末枯に焦点を合わせきれず「眺め」ているその視野の大方は、葉の周囲の光であろう。

 このような「の」は音数調節と片づけられてしまいがちである。作者としては実際にはそうだった可能性さえある。さらに、この「の」はおかしいという人もいるだろう。私は、この「の」がもたらすものを検討せずしてはじめから「おかしい」と評価することは、読者として不誠実だと思う。読者は、そこに提示されたものを読むほかないのだから、どんなに直感的におかしいと思っても、まずは一旦素直に一句を解釈すべきだと思う。その上で、一句が面白いかどうかを判断すべきであろう。文法的な誤りあるいは不自然さのみならず、たとえば(私はこのような評価軸を採用していないが)「季語が動く」といった評も同じである。別の季語を仮定することは全く無意味であり、まずは「その季語が用いられたことでどのような句となったか」を一通り検討した上で、「面白くない」と評価することが読者の責任ではないだろうか。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔26〕肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子
>>〔25〕けふあすは誰も死なない真葛原 飯島晴子
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>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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