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けふあすは誰も死なない真葛原 飯島晴子【季語=葛の花(秋)】


けふあすは誰も死なない真葛原)

飯島晴子

 では明後日は誰かが死ぬのか否か、という点は問題ではない。それが現段階ではわからない、さらには、今日と明日は誰も死なないということがわかっている、というところがむしろこの句の肝であろう。鬱蒼とした真葛原で、ここまではわかる、ここからはわからないという境界を「けふあす」という時間で量的に規定したのが面白いのである。

 晴子の葛の句と言えば〈葛の花来るなと言つたではないか〉であるが、実際に晴子は葛の花が好きだと明言している。「赤っぽい紫色の花は艶に濃い情感を漂わして、粗い葉の茂りと妙に調和がとれている」「葛の花自体は、形も色も、華やかな盛りの雰囲気をもつ花で、どこにも滅亡を予言するイメージは見当たらないが、その濃艶な葛の花の先には必ず滅びがあり、しかもそれはだれもが知っていることのような、そういう葛の花にまつわる気分の複雑さが好き」と言う。

 とすれば、掲句は盛者必衰というありきたりの概念に回収されかねないが、勿論この句の魅力がそこにあるわけではない。前述したような、見える、わかる範囲に新しい尺度を導入したところが良いのだと思う。「真葛原」という言い回しは、景の中の葉の割合を圧倒的に増やし、広角のところどころに色づく葛の花を却って鮮明に映し出す。広い真葛原の中の赤紫の花が死者のようにも見えてくるのである。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔24〕婿は見えたり見えなかつたり桔梗畑 飯島晴子
>>〔23〕白萩を押してゆく身のぬくさかな 飯島晴子
>>〔22〕露草を持つて銀行に入つてゆく 飯島晴子
>>〔21〕怒濤聞くかたはら秋の蠅叩   飯島晴子
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>>〔19〕瀧見人子を先だてて来りけり  飯島晴子
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>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
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>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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