たべ飽きてとんとん歩く鴉の子高野素十【季語＝鴉の子（夏）】

ハイクノミカタ

たべ飽きてとんとん歩く鴉の子　高野素十【季語＝鴉の子（夏）】

2023/8/29
ハイクノミカタ, マンスリーゲスト
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たべ飽きてとんとん歩く鴉の子

高野素十

最初に断っておきますが、今回はちょっとだけ掟破りをします。

俳人というものになってから、季節のカレンダーが旧暦になってしまったので、８月といえば「秋でしょ？」となるわけですが、愚息などに聞くと「いやいや、ワンチャン夏でしょ？（←何でもワンチャンを使う）」と言っております。確かにまだまだ暑いし、それにギリギリ夏休期間ですからねぇ。世間感覚としては当然かもしれません。うんうん、わかるぞ愚息よ。

と、言い訳じみた前置きをしておいて、今回は季節をすこし逆戻りして夏の句を取り上げてみることにします。日頃の句会では挨拶が大切だとやかましく言っており（これは次回以降のマクラで触れます）、季節を過ぎた句が出ると絶対にこれをとらない筆者ですが、今回だけは自らその掟を破ります。

たべ飽きてとんとん歩く鴉の子高野素十

今回はなぜ素十かと言うと、ただ単にとても好きだからです。もう最初から好きなんです。個人的なことで恐縮ですが、筆者が俳句に興味を持ったきっかけの一つは、俳句の一面である東洋的思想や無常観でした。素十の朴訥な作品世界は、俳句を始めたばかりの筆者にとっても大きなインパクトがありました。

掲句、なんでもない鴉の子の写生ですが、オノマトペが嫌味なく誠実で、そして盤石の説得力があります。実は筆者は鴉の子を見たことはないのですが、そんな読者にもよく伝わる句です。素十の真骨頂ですね。実に滋味深い。もう筆者の目玉を素十と取り替えたいくらい。筆者も常にこうありたいと願いながら、つい余計な味付けに走ってしまって、なかなかこの境地にたどり着けない。既にその方角すら見失っているかも。

このほか季節の逆戻りついでに作者の夏の句を挙げると、〈くもの絲一すぢよぎる百合の前〉これもいいですよね。〈揚羽蝶おいらん草にぶら下る〉も好き。〈打水や萩より落ちし子かまきり〉Oh！エクセレント！

ただ、素十の句のよさをこれ以上詳しく説明しようとすると、筆者自身も理解不能な形而上的な言葉を持ち出すしかなくなるので、このへんでやめておきます。前回述べた「鑑賞薄目理論」の実践でもあります。あの山本健吉も〈概して素十の句は、鑑賞の言葉に窮するものが多い。〉と述べていますし。

雑感的なことを言いますが、素十のことを「上手い」と言う人はほとんどいなくて、「すごい」と言われることが多いと思います。引き続き健吉によれば、〈素十の成功した句は他の誰よりも俳句という文学ジャンルの固有の方法をつかんでおり、いわばその俳句そのものと言うべきであって、現代俳句の大高峰をなしている。〉と高く評価しています。筆者個人の感想としては、超名句がある一方で、極度の単純化のせいかいまいちピンとこない句もあったりして、でもそんな全てが愛おしいです。

筆者はよく俳句の鑑賞の際に、鐘と撞木ということを言うんです。鐘が作品で撞木が読者です。大きい鐘を大きく鳴らすには、それに釣り合う大きな撞木が必要ということです。素十の句なんかは、鐘としては特大だと思うんですよね。あとは筆者自身の撞木の大きさが問題。

さてさて、ようやく８月も終わり。

アチーアチーといいながら、もう誰がなんと言おうと秋ですね。ではまた来週。

（吉田哲二）