0.01ミリの距離菊の宿 高村七子【季語=菊の宿(秋)】


0.01ミリの距離菊の宿

高村七子
(「セキララ句会」平成31年3月)

 先日、10月24日に第51回現代俳句講座「俳句で愛を語るには?~日野草城『ミヤコホテル』の表現をめぐって~」(於:ゆいの森あらかわ)が開催された。掲句は、第二部のシンポジウムにてパネラーであった高村七子さん自身の愛の句として提示された句である。シンポジウムの資料は、日野草城の「ミヤコホテル」10句と三人のパネラー(篠崎央子・瀬戸優理子さん・高村七子さん)が選んだ愛の句オモテ5句とウラ5句である。オモテ5句は、一般的に有名な句なのに対し、ウラ5句はパネラーの個性や主張のある句が選ばれた。そのウラ5句の最後に自身の愛の句を1句入れるようにと司会の飯田冬眞さんから提案があったのだ。ほぼ同世代の女性パネラー3人であったが、みなそれぞれ特色があった。私、篠崎の語るオモテの愛の句は、恋愛俳句史を追うように昭和の句ばかりを列挙し語った。ウラ5句はエロスの句で、時間の都合上さっと触れるだけになった。瀬戸優理子さんのオモテ5句は感情の激しさや青春性、身体性のある句で、やはり時代を追うように語った。ウラ5句では夫婦愛や恨みの句、情念のある句を選び、幅広い愛の表現について語った。自身の句は、相手の身体を詠んだ別れの句。そして、高村七子さんは、自身のプロフィールに記した一文、「パンセクシュアル(全性愛者)であり、ボーイズラブ(BL)とガールズラブ(GL)を特に愛好している」を述べたあとで、異性とも同性とも交際経験があることをカミングアウト。その上で、提示したオモテ5句は、三橋鷹女の〈鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし〉(昭和27年)以外は、比較的新しい句ばかりである。しかも、平成の終りに詠まれた2句はBL俳句と解釈されている句である。ウラ5句も鈴木しづ子の句以外は、BLかGLの句で発表時期も令和となっている。高村七子さんの語る愛の句は、会場に強い印象を残した。シンポジウム終了後のアンケートでも反響が大きかった。

 ちなみに、高村七子さんのプロフィールは以下のようである。

   1976年富山県に生まれる。
   2017年俳句を始める。
   俳句結社「蒼海」「街」「楽園」に所属。
   パンセクシュアル(全性愛者)であり、ボーイズラブ(BL)とガールズラブ(GL) を特に愛好している。

 SNSのプロフィールによれば短歌も詠まれるらしい。文学フリマでは、「七星軒」という文芸誌を発信している。
 その高村七子さんは、俳句を始めた2年後の2019年に兜太現代俳句新人賞に応募して最終選考まで残っている。その時の作品の一部を紹介したい。

   心臓を隠す名札や初桜
   たましひは肋骨のなか鳥帰る
   躑躅燃ゆ男の腹に無い臓器
   また母になれず流るる血や五月

 一句目は、人間の急所である心臓を守るかのように名札を付けていることの発見が見事である。二句目の肋骨の中の〈たましひ〉は心臓のことと思われる。そして鳥は古来より魂を運ぶと考えられてきた。三句の男に無い臓器とは子宮のことだ。四句目では妊娠できずに流す生理の血を詠んでいる。女性にとって子宮はもう一つの魂である。いずれも自身の身体や魂を詠むことにより、全力で詩と向き合っている。

   僧の手にたやすく菫もがれけり
   牛だつたものを背負ひて入学児
   植木鉢めだかを埋めて種を埋め
   花嫁のため毟られし薔薇と羽根

 人間の身体ではないのだが、身体表現の続きのようでいて残酷な描写もある。一句目は、僧という聖職者がもぎ取る可憐な菫。二句目は無邪気な入学児が背負う牛皮のランドセルを〈牛だつたもの〉と表現した。三句目の植木鉢に埋めた目高はいつか種の養分となってゆく。小さな命を思うと切ない。四句目、花嫁の飾る薔薇や羽が毟られたものといわれると残酷に感じてしまう。生きるとは残酷なことなのである。

   人形の片脚だけがあり雨月
   清国の刑罰のごと鮟鱇は
   落ちし目をはめるや朝の雪だるま

 残酷な句の続きだが、一句目の片足は人形のものである。雨月がおどろおどろしい。二句目の〈清国の刑罰〉とは、凌遅刑(りょうじけい)のことで、肉体を細かく削いで苦痛を与えながら死に至らしめるものらしい。鮟鱇は吊るされている姿も残酷である。三句目は、雪だるまのことなのだが〈落ちた目〉にドキッとさせられる。こうした表現の残虐性は、どこかエロチシズムでもある。

   あやめたき者二三ありキャベツ剥く
   劇薬になりたし爪に鳳仙花
   片恋やマスクの中のひとりごと

 暴力的ともいうべき表現の背景には、作者の情念があるのだろう。一句目の〈あやめたき者〉は、殺したいほど憎んでいる者であろう。〈キャベツ剥く〉という表現により、皮でも引っぺがしたいほどの憎悪を感じさせる。もしかしたら、終わった恋の相手かもしれない。若い頃の恋は、愛した分だけ憎悪するものだ。二句目は、劇薬になりたいのは自分自身。〈鳳仙花〉は別名「爪紅」ともいい、昔は女の子が赤い花びらをすりつぶして爪に塗って遊んだ。爪に塗った赤は血を思わせる。引っ掻いて、毒殺したい相手がいるのだろう。三句目は、そんな激しい感情からは打って変わって、内気な片想いを詠んでいる。激しい憎悪も残酷な想像もみな片想いの独り言のようなものなのだ。

 そんな強い印象を残す句を詠んでから五年後の2024年、高村七子さんは、「第2回 きたかみ・鬼の国 俳句フェスティバル 俳句フェスティバル賞」を受賞する。受賞句は、

   鶏頭花あなたを埋めたあたりから   高村七子

 相変わらず、怖い句である。実は大会のテーマが「怖い俳句」という募集であったとのこと。なので、作品の内容は当然のことながらフィクションである。二次創作で小説も書いている作者は、空想好きなのだ。俳句も物語をつむぐように詠んでいるのであろう。

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