0.01ミリの距離菊の宿 高村七子【季語=菊の宿(秋)】

   0.01ミリの距離菊の宿   高村七子

 掲句は、セキララ句会という句会で発表した句とのこと。セキララ句会のことは、噂でしか聞いたことがないが、その名の通り赤裸々な句を詠む句会であるらしい。当時からBL・GL俳句を愛好していた作者。掲句はBL俳句である。〈菊の宿〉の〈菊〉は上田秋成の『雨月物語』に収録されている「菊花の約(きっかのちぎり)」を想起させる。「菊花の約」は、武士の宗右衛門が義兄弟の契り(衆道)を交した左門と重陽の節句の日の再会の約束を果たすために幽閉された牢で自害し、幽霊となって逢いにゆくという内容である。物語の舞台は戦国時代だが、書かれたのは江戸時代である。当時は男性同士の恋愛は認められていたものの、男色の物語の多くは悲劇的な内容である。同性愛は、常に命がけで激情的なのだ。

 掲句がBL俳句だということは分かったのだが〈0.01ミリの距離〉が分からなかった。BLの恋は激しいから〈0.01ミリ〉の隙間も許せないのかぐらいに解釈していた。ところがシンポジウムなかで、司会者の飯田冬眞さんが〈0.01ミリ〉とは、避妊具の距離であると解釈した。私が思わず「え?そうだったの」と驚くと隣にいらしたパネラーの瀬戸優理子さんが「え?今気づいたの」と仰る。このやりとりは、参加者にも聞こえたらしく笑いが起こった。エロスの俳句を推奨している私が分からないとは、勉強不足であった。そういえばコンドームのTVCMで「超うすうす0.01ミリ」って言ってたような。この〈0.01ミリ〉は、懇親会でも話題となった。とある方が「BLなのに避妊具を装着するのはなぜ?」と疑問を呈した。作者の高村七子さんは所用のため懇親会は不在であったため、これまた司会の飯田冬眞さんが答える。「現在のBLは、感染予防のためコンドームの着用がマナーのようです」と。ネットで調べたところ確かに、感染予防のため着用するのがマナーであり、相手への優しい配慮でもあるらしい。女性向けのBL漫画や小説でもコンドーム装着シーンがキュンとする見せ場であるようだ。

 では、掲句の物語の主人公は〈0.01ミリの距離〉をどう思っているのだろうか。〈距離〉と表現していることから、相手との壁のように感じていると想像すべきであろう。BL作品では、もどかしそうにコンドームを着用する相手が好ましく描かれているが、それは、BL好きの女子視点である。実際には、受け手の男性は相手との距離を感じているのではないか。コンドームの装着が感染予防なのであれば、装着する側はどちらかの感染の可能性を疑っていることになる。着用する側の浮気の心当たりや受け手への疑惑など。強い絆と信頼関係で結ばれていながらも〈0.01ミリの距離〉、壁があるのである。BLとはなんて繊細で奥深いのだろうか。作者のBLの受け手の気持ちに成り代わったというか成り切った繊細な感覚、微妙な心理描写に脱帽である。

(篠崎央子)


【篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


※イベントは終了しました

【篠崎央子のバックナンバー】
>>〔217〕日野草城の連作「マダム コルト」の謎を追え(最終回)白き掌にコルト凛々として黒し 日野草城
>>〔216〕【日野草城の連作「マダム コルト」の謎を追え(後編)】愛しコルト秘む必殺の弾丸を八つ 日野草城
>>〔215〕【日野草城の連作「マダム コルト」の謎を追え(中編)】春の夜や拳銃を愛す夫人の手 日野草城
>>〔214〕【日野草城の連作「マダム コルト」の謎を追え(前編)】春の夜の自動拳銃夫人の手に狎るる 日野草城
>>〔213〕秋の海まで連れてきてしまひけり 嶋乃拶希
>>〔212〕睡蓮のまどろみアダムとイブになる 瀬戸優理子
>>〔211〕メロン割る恋の動悸のようなもの 寺田京子
>>〔210〕蟻・とかげ声持たぬ愛はげしかり 熊谷愛子
>>〔209〕炎えよ炎えよ絶滅危惧種の類人猿 三高邦子
>>〔208〕はつ恋のひとの白髪の涼しさよ 村山恭子
>>〔207〕ティアラ挿し新婦となれり蔦若葉 池田瑠那
>>〔206〕ラムネ玉からんと恋の後始末 牧内登志雄
>>〔205〕かひやぐら息苦しきは腕枕 野村茶鳥
>>〔204〕夏蜜柑剝きし指より酢つぱき吻 坂内里桜
>>〔203〕主治醫に伝えむ黄蝶白蝶の籃輿 金子皆子
>>〔202〕先生それは白い雛菊カモミール 金子皆子
>>〔201〕日常や椿一輪が重たし 金子皆子
>>〔200〕バレンタインデー艶福にして子煩悩 澤田緑生
>>〔199〕雑魚寝して清十郎に遠きお夏かな 佐々木北涯
>>〔198〕雪女郎抱きたし抱けば死ねるかも 吉田未灰
>>〔197〕仮りにだに我名しるせよ常陸帯 松瀬青々
>>〔196〕初夢で逢ひしを告げず会ひにけり 稲畑汀子
>>〔195〕ひそやかに女とありぬ年忘 松根東洋城
>>〔194〕ある期待真白き毛糸編み継ぐは 菖蒲あや
>>〔193〕綿虫と吾ともろともに抱きしめよ 藺草慶子
>>〔192〕愛人を水鳥にして帰るかな あざ蓉子
>>〔191〕胸中に何の火種ぞ黄落す 手塚美佐
>>〔190〕猿のように抱かれ干しいちじくを欲る 金原まさ子
>>〔189〕恋ふる夜は瞳のごとく月ぬれて 成瀬正とし
>>〔188〕虫の夜を眠る乳房を手ぐさにし 山口超心鬼
>>〔187〕戀の數ほど新米を零しけり 島田牙城
>>〔186〕霧まとひをりぬ男も泣きやすし 清水径子
>>〔185〕嘘も厭さよならも厭ひぐらしも 坊城俊樹
>>〔184〕天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女
>>〔183〕熱砂駆け行くは恋する者ならん 三好曲
>>〔182〕恋となる日数に足らぬ祭かな いのうえかつこ
>>〔181〕彼とあう日まで香水つけっぱなし 鎌倉佐弓
>>〔180〕遠縁のをんなのやうな草いきれ 長谷川双魚
>>〔179〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
>>〔178〕水飯や黙つて惚れてゐるがよき 吉田汀史
>>〔177〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
>>〔176〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
>>〔175〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
>>〔174〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
>>〔173〕寄り添うて眠るでもなき胡蝶かな 太祇
>>〔172〕別々に拾ふタクシー花の雨 岡田史乃
>>〔171〕野遊のしばらく黙りゐる二人 涼野海音
>>〔170〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫
>>〔169〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
>>〔168〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
>>〔167〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
>>〔166〕葉牡丹に恋が渦巻く金曜日 浜明史
>>〔165〕さつま汁妻と故郷を異にして 右城暮石
>>〔164〕成人の日は恋人の恋人と 如月真菜
>>〔163〕逢はざりしみじかさに松過ぎにけり 上田五千石
>>〔162〕年惜しむ麻美・眞子・晶子・亜美・マユミ 北大路翼
>>〔161〕ゆず湯の柚子つついて恋を今している 越智友亮
>>〔160〕道逸れてゆきしは恋の狐火か 大野崇文
>>〔159〕わが子宮めくや枯野のヘリポート 柴田千晶
>>〔158〕冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ 黒岩徳将
>>〔157〕ひょんの笛ことばにしては愛逃ぐる 池冨芳子
>>〔156〕温め酒女友達なる我に 阪西敦子
>>〔155〕冷やかに傷を舐め合ふ獣かな 澤田和弥
>>〔154〕桐の実の側室ばかりつらなりぬ 峯尾文世
>>〔153〕白芙蓉今日一日は恋人で 宮田朗風
>>〔152〕生涯の恋の数ほど曼珠沙華 大西泰世
>>〔151〕十六夜や間違ひ電話の声に惚れ 内田美紗
>>〔150〕愛に安心なしコスモスの揺れどほし 長谷川秋子
>>〔149〕緋のカンナ夜の女体とひらひらす 富永寒四郎
>>〔148〕夏山に噂の恐き二人かな  倉田紘文
>>〔147〕これ以上愛せぬ水を打つてをり 日下野由季
>>〔146〕七夕や若く愚かに嗅ぎあへる 高山れおな
>>〔145〕宵山の装ひ解かず抱かれけり 角川春樹
>>〔144〕ぬばたまの夜やひと触れし髪洗ふ 坂本宮尾
>>〔143〕蛍火や飯盛女飯を盛る 山口青邨
>>〔142〕あひふれしさみだれ傘の重かりし 中村汀女


関連記事