
春の夜や拳銃を愛す夫人の手
日野草城
(『昨日の花』)
日野草城の連作「マダム コルト」の謎を追え(中編)
→(前編)はこちらから。
掲句は、第三句集『昨日の花』の「昭和八年」の章に収録されている句である。第四句集『轉轍手(てんてつしゅ)』にある連作「マダム コルト」は掲句から発想を広げたものと考えられている。集中には、他にも「夫人」を詠んだ句が見られる。
ラグビーへ自動車あやつり来し夫人
春暁や夫人私室の白きドア
夫人の手つめたかりけりクリスマス
この三句の〈夫人〉は、同一人物かどうかは不明だが、句の表現からモダンな新しい女性像が浮かび上がってくる。ラグビーを観戦しに自ら自動車を運転してやってくるとは格好良いではないか。〈私室の白きドア〉という表現により、夫人が洋館に住んでいることが分かる。そして、西洋の行事であるクリスマスの華やぎではなく夫人の手のつめたさを詠んだ。夫人が当時の日本人女性とは異なり、強い自我を持ったクールな女性であることが伝わってくる。〈夫人〉の句は連作ではなく、日常の景色を詠んだ句の合間に登場する。だが、〈夫人〉の句だけ並べてみると、洋画のヒロインのように見えてくる。
★第三句集『昨日の花』ダイジェスト
日野草城の第三句集『昨日の花』は、問題作「ミヤコホテル」の連作を収録する句集である。第一句集『花氷』、第二句集『青芝』は、春夏秋冬新年の季節ごとにまとめられた配列となっていたが、第三句集『昨日の花』は、それまでの体裁とは異なり、年代順にまとめられ、連作も多くなる。この頃の新興俳句は、連作がブームとなっており、水原秋櫻子や山口誓子も連作を詠んでいる。そして、モダニズムも新興俳句の特色のひとつである。都会的なものや洋風のものも句材として積極的に取り入れている。
新しみを求めて試行錯誤中の草城ではあるが、花鳥諷詠を詠んだ句は見事で、写生をさらに深めた落ち着きさえ見受けられる。「旗艦」を創刊し、新興俳句へと舵を切ったところではあるものの、心は依然として虚子にあり、「ホトトギス」にあった。花鳥諷詠の句の多くは、「ホトトギス」の仲間との旅吟のなかで生れている。
暮れそめてにはかに暮れぬ梅林
春雷のむらさきはしる雲居かな
筍の掘り出だされてむつつりと
みずうみの水のつめたき花野かな
かいつぶりさびしくなればくぐりけり
にほどりや野山の枯るる閑けさに
30歳を過ぎて順調に出世し、仕事は多忙を極めた。職場の風景だけでなく、窓から見える景色や通勤風景、都市の雑踏も句材として取り入れた。
かたはらの大きな窓の花ぐもり
扇風機つばさが消えて風となる
事務の灯の常のごとくに冬至かな
こひびとを待ちあぐむらし闘魚の辺(へ)
夏痩の瞳の大いなる女秘書
夕凍みや安全地帯灯を捧げ
懐にボーナスありて談笑す
新しい句材としては、キャンプや海水浴、避暑地などのリゾート俳句を詠んだ。また、モダニズムの題材として洋風の食事風景を詠んだ一連もある。
ナプキンの糊のこはさよ避暑の荘
星の夜の砂のしとねのキャンプかな
脱ぎ捨ての羽衣ばかり砂日傘
七月のつめたきスウプ澄み透り
伊勢海老にしろがねの刃のすずしさよ
青メロン運ばるるより香に立ちぬ
食事の句としては、以下の句も秀逸である。現代の句会に投句しても高点になりそうな句である。
薔薇の花白しトーストきつねいろ
皮となる牛乳(ちち)のおもてや朝ぐもり
寒灯や陶は磁よりもあたたかく
連作で目を惹いたのは「レコード コンサート」である。昭和初期に大衆化したSPレコードにより、一般家庭でもレコード鑑賞ができるようになった。レコードを沢山所有している人の家に集まり、レコードコンサートが開かれたのであろう。
レコードのちらりとかへす夜長の灯
長き夜の椅子むらさきに楽を聴く
秋夜曲たのし女も脚を組む
いまは亡きひとぞうたへる秋風に
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