同じ虫聞いて一と言話したる 深見けん二【季語=虫(秋)】


同じ聞いて一と言話したる
深見けん二

この句の「一と言」が、私は気になります。

何を話したのかではなく、話した言葉が「一と言」であったことだけが残されています。「一と言」であったと知った途端、その言葉そのものよりも、むしろ前後にあったはずの言葉を発していない時間の方へ意識が向かうのは不思議です。しかも、その時間は無音ではありません。そこには虫の声があります。

私はこの句を読んでいると、出来事だけでなく、その時に流れていた時間の質のようなものを感じました。

静かだった、長いこと黙っていた、と説明される代わりに、その時間を作っていたものが置かれています。虫の声と、一言の言葉。その配置によって、読者の中にも同じ時間がゆっくりと生じてくるのでしょうか。

さらに、その時間は「話したる」と連体形が選ばれているため、完全には着地していません。
なぜ作者は「話したり」「話しけり」ではなく「話したる」としたのでしょうか。三つを実際に声に出して比較すると、何が違うのでしょうか。

「話したり」なら出来事はそこで収まり、「話しけり」なら作者の感慨がもう少し前に出るように感じます。「話したる」はそのどちらにも着地せず、一言を発した後にも、虫の声の中の時間が続いているような感触を残します。

そしてもう一つ、私にはうまく説明できない感覚が残ります。
この句には、季節が巡り、今年も秋が来たことを静かに受け入れているような空気を感じます。

どこからそう感じたのか改めて句に戻ると、冒頭の「同じ虫聞いて」に目が留まります。
虫の鳴く季節の中に人が居て、同じ虫を聞いている。
「同じ虫」という言葉から、私はふと、これまで別々の場所で聞いてきた虫の声まで想像しました。今年だけではない、過ぎてきたいくつもの秋までが、この「同じ」にかすかに重なるようにも感じます。
けれども、それを季節の巡りへの肯定の理由と言い切るには、まだ心細い。ここは不思議なまま残しておきたいところです。

句集『菫濃く』2013年(ふらんす堂)所収

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




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