焚きやめて蒼朮薫る家の中 杉田久女【季語=蒼朮を焼く(夏)】


焚きやめて蒼朮薫る家の中
杉田久女

蒼朮(そうじゅつ)を焼いたことはございますか?

蒼朮とは、「おけら」と呼ばれるキク科の多年草の根茎を乾燥したものです。
古くから漢方薬として用いられ、梅雨の頃にはこれを焚いて湿気を払う風習もありました。
私はこれまで蒼朮を焼いたことがなかったため、この句を読むにあたり、実際に試してみることにしました。

香炭という、お焼香や香木を焚く際に使う炭を用意し、その上に蒼朮を載せます。しばらくすると、細い白煙が立ち昇り、室内に香りが広がり始めました。

蒼朮の香りは、あくまでも私の感想ですが、キク科植物特有の清涼感に、柑橘と山椒を思わせる引き締まった香りが重なるような、少し複雑な香りです。

実際に焚いてみて気が付いたことがあります。
蒼朮の香りは思った以上に広がり、一室だけではなく隣の部屋へも満ちてゆくということです。

久女は「座敷」でも「居間」でもなく、「家の中」と詠みました。
蒼朮の香りは一室に留まらず、家全体へと広がっています。
梅雨の湿気を含んだ重たい空気が、少しずつ蒼朮の香りと入れ替わったように感じます。

さらに興味深いのは、「焚きやめて」という上五です。
作者が見つめているのは、蒼朮を焚いている最中ではなく、その後の時間です。

家の中の蒼朮の香りに包まれた時、作者は香りそのものよりも、家の空気の変化に心を留めていたのかもしれません。

『新歳時記 虚子編』(三省堂) 所収

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




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