ハイクノミカタ

初場所の力士顚倒し顚倒し 三橋敏雄【季語=初場所(新年)】


初場所の力士顚倒し顚倒し

三橋敏雄

今日は、1月27日金曜日、陰暦ではあるが、「実朝忌」である。鎌倉三代将軍源実朝が鶴岡八幡宮に右大臣任命の拝賀の儀を行った帰途、甥の公暁に殺された悲運の日である。実朝は歌人として有名であり、「金塊和歌集」は独自の調べをなしている。今日ばかりは、和歌を読んで故人を偲びたい気分である。

 初場所の力士顚倒し顚倒し 三橋敏雄

掲句は、初場所で土俵に上がる力士が次々に倒される様をリフレインを持って詠んでいる。また、力士の「し」と顚倒しの「し」が3回韻を踏んでいるのも小気味よい。

1月22日日曜日、初場所の千秋楽があり、兵庫県芦屋市出身の大関貴景勝が優勝し、幕を閉じた。私事で恐縮だが、初場所7日目に東京の両国国技館で人生初の大相撲を観戦した。観戦して驚いたのは、迫力のある「音」である。立ち合いの力士同士がぶつかる「ばちん」という音、つっぱりや張り手の「ばちばち」という音、土俵の下へ落ちる「どかん」という音、さらに、柝(き)の音、呼出し・立行司の声、観客の声援である。これらの「音」は、テレビ観戦では感じられない、現場でのみ感じる、迫力と臨場感のある音である。掲句も力士が顚倒する音が聞こえる気がする。

相撲観戦しながら、スペイン・マドリードで見た闘牛を思い出した。近年、動物愛護の観点より人気が低迷しているが、かつてパブロ・ピカソやフランシスコ・デ・ゴヤは闘牛をテーマにたくさんの作品を描いた。牝牛が暗闇から突然観客の前の砂場に現れ走りまわる「ドドド」という音、ラッパの合図、「オーレ」という声援、観客のスタンディングオベーションと白いハンカチ。このサイクルを2時間内に4~6回繰り返す。相撲と闘牛は、初めから終わりまで同じリズムとペースで進む儀式、神聖な行事であることが共通しているように思う。さらに、優勝した貴景勝関は何度も鼻血を出し、闘牛は流血やマタドールの赤い布が伴う。観客はこの「赤いもの」を見て歓喜する。ここにも共通点がある。そして、どちらも国技である。

闘牛の終り血の砂かき均す 三木由美

この闘牛は日本の闘牛(牛と牛の角突き合い)、つまり三月の季題であるが、大相撲と同じく番付があるらしい。この句にもやはり「赤いもの」が漂っている。

塚本武州


【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。神戸市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。

【塚本武州のバックナンバー】

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>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

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>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
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>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
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>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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