日蝕の鴉落ちこむ新樹かな
石田雨圃子
休み明けと同時に腰痛が出たりして、平日とは実に過酷なものですね。それでも、ときどきはいい風の吹く日があって、本当にその風にはいろいろの(わが家だと主に躑躅の)香りがして、やはり夏なんですね。
休みにそんな日があると、何かの用事を作って家を出て、ついでに近所の川を見に行く。川沿いは大きな川と一面の草っ原で、ところどころが少し盛り上がったりしている。
その一つに、かなり小さめの鴉が一心不乱に遊んでいるのに出会う。この頃は子鴉も多くて、恐れを知らない彼らは、私の散歩についてきて何か呼びかけ続けたりすることもあるけれど、このときはスマホを構えて近づいてきた私にも全く気付いていないようだった。餌をとっているのかなとも思ったけれど、何かをついばんている様子はなく、ひたすら自分の足の爪と、こんもりして草に覆われた土との反発度合いというか、弾み具合というかを、繰り返し試しているようだった。
日蝕の鴉落ちこむ新樹かな
「日蝕の」。この「の」は鴉にかかるというよりは、句全体にかかる「の」だろう。「日蝕の中」というくらいの意味。その最中、どの時点なのかはわからないけれど、夏の始めの新樹の明るさの中、日が欠けて急な暗がりが訪れる。
飛んでいた鴉は急な夜に驚いたのだろうか、身の安全を確保しようとしたのだろうか、暗くなりつつある新樹の中にその姿を埋めた。さっきまで燦燦と光を放っていた新樹が急な暗さを得て、元々漆黒の鴉がそれに溶け込むように「落ちこん」でいく。
石田雨圃子は明治十七年生まれ、富山県の出身で真宗の僧侶。「四十一年新傾向(俳句)に走り、四十五年布哇に開教使として駐在」とプロフィールにある。布哇はハワイ。大正六年に帰朝してホトトギスに投句を開始するのだけれど、新傾向に「走り」と言うのも、それをハワイ駐在と並べ書くのも、なんだか几帳面でおかしい。濃厚なバックグラウンドを持つ雨圃子だけれど、句は職業詠(僧)の際にも淡々と事実を描き、その思念などに触れることはない。
この句も、何か深遠なことではなくて、その偶然なる一瞬の景を描かんとしたものだろう。実際、過不足なくこの瞬間の魅力が言いとどめられており、大きな世界の三者三様(日、鴉、新樹)の動きの、ある明暗の中で調和が見える。
実際の鴉との出会いはそんなにうまくいくものばかりではなくて、件の子鴉に十分近づいて、動画を撮り始めよう思った矢先、バスケットボールを突きながら私と鴉の間に背の高い(雑そうな)ティーンが介入してきて、さすがに鴉は(私も驚きましたけど)逃げて行ってしまった。ちぇ。
連休の疲れも連休のあとの平日の疲れもどっと出てしまうだろう週末、東京は雨続きの予報。よっぽど先週と取り上げる句が逆でもよかったと思うそんな週末ですが、雨圃子だけに、雨ならば雨の音にも憩う週末をお過ごしください。
『ホトトギス同人句集』(1938年)
(阪西敦子)
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】