ハイクノミカタ

葡萄垂れとしよりの日のつどひ見ゆ 大野林火【季語=葡萄(秋)】


葡萄垂れとしよりの日のつどひ見ゆ

大野林火


昨日、9月20日は敬老の日。敬老の日は、昭和26年に「としよりの日」として制定され、41年に現在の名称になった。

敬老の日前後には、私のところにも保育所で孫が作ったハガキが届く。届くはじめた数年前は苦笑しながら見ていたものだが、敬老の日にふさわしい年齢に近づきつつある今になれば、それはそれでまた複雑な心境である。

 葡萄垂れとしよりの日のつどひ見ゆ

掲句がいつ作られたものなのかは確認できなかったが(※)、おそらくまだ「としより」とは呼ばれない年齢の作であろう。「としよりの日のつどひ」というのは、現在では敬老会などと呼ばれているものだろうか。地域の公民館に老人が集まり、町村長などからねぎらいの言葉をかけられ、記念品を受け取る。いたって平和な光景だ。

しかし、この日のためにめったに着ない背広を着て、こぢんまりとした体躯を並べて座る老人たちは、果たしてこのように労られて嬉しいのか、傍目にはよくわからない。作者もそんな風に思ったのかもしれない。やがて自分もあの席に座ることになる。それはどんな心境だろうか、と。

葡萄の粒の一つひとつには種があり(今ではないものもあるが)、そこに未来の胚がある。ここに集う老人たちも、世の中に胚のようなものを置いてきたことはずだ。それが「つどひ」を見る人にも、ひとつの慰めになるのであろう。

講談社「カラー図説日本大歳時記」所収。

※ 朝日文庫の「高濱年尾・大野林火集」に「葡萄熟れとしよりの日のつどひ見す」(「雪華」所収)という句が載っているのですが、この句との関係をご存じの方はご教示下さい。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔50〕秋日澄み樹のいろ拾ひつづけたる   井越芳子
>>〔49〕九月の教室蟬がじーんと別れにくる   穴井太
>>〔48〕ひら/\と猫が乳吞む厄日かな   秋元不死男
>>〔47〕本捨つる吾に秋天ありにけり    渡部州麻子
>>〔46〕鳥けもの草木を言へり敗戦日     藤谷和子
>>〔45〕きりぎりす飼ふは死を飼ふ業ならむ   齋藤玄
>>〔44〕東京の白き夜空や夏の果       清水右子
>>〔43〕森の秀は雲と睦めり花サビタ        林翔
>>〔42〕麦真青電柱脚を失へる       土岐錬太郎
>>〔41〕農薬の粉溶け残る大西日       井上さち
>>〔40〕乾草は愚かに揺るる恋か狐か     中村苑子
>>〔39〕刈草高く積み軍艦が見えなくなる  鴻巣又四郎
>>〔38〕青嵐神木もまた育ちゆく      遠藤由樹子
>>〔37〕夫いつか踊子草に跪く       都築まとむ
>>〔36〕でで虫の繰り出す肉に遅れをとる   飯島晴子
>>〔35〕干されたるシーツ帆となる五月晴    金子敦
>>〔34〕郭公や何処までゆかば人に逢はむ   臼田亜浪
>>〔33〕日が照つて厩出し前の草のいろ   鷲谷七菜子
>>〔32〕空のいろ水のいろ蝦夷延胡索     斎藤信義
>>〔31〕一臓器とも耕人の皺の首       谷口智行
>>〔30〕帰農記にうかと木の芽の黄を忘ず   細谷源二
>>〔29〕他人とは自分のひとり残る雪     杉浦圭祐
>>〔28〕木の根明く仔牛らに灯のひとつづつ  陽美保子
>>〔27〕彫り了へし墓抱き起す猫柳     久保田哲子
>>〔26〕雪解川暮らしの裏を流れけり     太田土男
>>〔25〕鉄橋を決意としたる雪解川      松山足羽
>>〔24〕つちふるや自動音声あかるくて  神楽坂リンダ
>>〔23〕取り除く土の山なす朧かな     駒木根淳子
>>〔22〕引越の最後に子猫仕舞ひけり      未来羽
>>〔21〕昼酒に喉焼く天皇誕生日       石川桂郎

>>〔20〕昨日より今日明るしと雪を掻く    木村敏男
>>〔19〕流氷は嘶きをもて迎ふべし      青山茂根
>>〔18〕節分の鬼に金棒てふ菓子も     後藤比奈夫
>>〔17〕ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く    かくた
>>〔16〕しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫
>>〔15〕極寒の寝るほかなくて寝鎮まる    西東三鬼
>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


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