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しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫【季語=しばれる(冬)】


しばれるとぼつそりニッカウィスキー

依田明倫


「しばれる」は歳時記の解説では、「北海道・東北地方において、特に厳しく冷え込む時や、ものみな凍るように感じられるほど寒い時にいう」(角川俳句歳時記第五版)とあり、当地では日常的によく使う言葉だ。時期にもよるが、だいたい氷点下20度を下回ると、「今日はしばれたねえ」と言い合うのが挨拶がわりになる。また、歳時記には記載がないが、「今朝は水道がしばれた」などと、単純に「凍る」という言葉の代わりにも使う。

掲句は、体感的な「しばれ」と、ウィスキーが凍るというふたつの意味をかけて使っていると思われる。ウィスキーが凍るのはどれほどの気温からなのだろうと思って調べてみると、氷点下24度くらいらしい(サントリーのホームページ)。それくらいの気温になることは珍しいことではないので、火の気のないところに置いてあったウィスキーが凍りかけたこともあったにちがいない。

完全に凍ってしまったのではなく、いわゆるシャーベット状になったウィスキー。その状態を、「ぼつそり」というオノマトペで表現したのだろう。そのまま舐めるように飲んだのか、あるいは湯で割ったのか。

掲句はおそらく北海道の農村に暮らした作者の実体験と思われるが、私は映画の中の高倉健のような寡黙な人物を思い浮べた。倉庫のような寒いところでストーブに火を入れ、客と向いあってしばれたウィスキーを飲む。相手も同じような物静かな人物。会話はとぎれとぎれにも聞こえるが、本人たちはそれで満足している。そのふたりを包む雰囲気全体が、「ぼつそり」としていたのである。

余談だが、掲句の表記は句集では「ニッカウィスキー」だが、角川俳句歳時記第五版に収載されているのを見ると「ニッカウヰスキー」となっている。正式な社名はもちろん「ニッカウヰスキー」。句集制作時には出版社の校閲から指摘があるだろうから、作者に何らかのこだわりがあって「ニッカウィスキー」にしたのかもしれない。

「農場」(2013年/角川書店)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)



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