本捨つる吾に秋天ありにけり 渡部州麻子【季語=秋天(秋)】

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本捨つる吾に秋天ありにけり

渡部州麻子


本というものは悩ましいものだ。放っておけば増えていくばかりなのだから。一方で置く場所には当然限りがあり、いつかは処分しなければならない日が来る。本に愛着のない人は「捨てればいいのに」とかんたんに言うだろうが、なかなかそうはいかない。資料として必要だ、など理由はいくらでも見つかるが、そればかりではない。本棚に並ぶ背表紙を眺めてその内容を思い出したり、まだ読んでいない本に書かれていることを想像したりするだけで、とても豊かな気分になるからである。

 本捨つる吾に秋天ありにけり

そんな本を手放す日が来た。本棚に収めるためにどの本を処分しようかと、ずいぶん悩んだにちがいない。ふだんそんなに愛着のないような本でも、手放すとなると惜しくなったりするものだ。それでも思い切って捨てにゆく。古書店に持って行くのか、それともそのままゴミとして出してしまうのか。いずれにしても、気分としては「捨つる」ということなのだろう。

掲句は「本捨つる」と現在形だから、今まさに本を捨てているというところだ。ゴミに出すなら紐で十字に縛り、両手に提げてゆく。本は数冊でも意外に重いので、紐が指に食い込み、その痛みに耐えて下ばかり向いて歩いている。やっとゴミ置き場について本を下ろし、一息ついて上をみれば、秋の空が深く大きく広がっている。

私が句中の人物なら、秋の空があってほんとうに良かったと思うのではないか。論理的には説明できなくても、本を捨てたことのある経験から実感としてわかるのである。

「黒猫座」(2007年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔46〕鳥けもの草木を言へり敗戦日     藤谷和子
>>〔45〕きりぎりす飼ふは死を飼ふ業ならむ   齋藤玄
>>〔44〕東京の白き夜空や夏の果       清水右子
>>〔43〕森の秀は雲と睦めり花サビタ        林翔
>>〔42〕麦真青電柱脚を失へる       土岐錬太郎
>>〔41〕農薬の粉溶け残る大西日       井上さち
>>〔40〕乾草は愚かに揺るる恋か狐か     中村苑子
>>〔39〕刈草高く積み軍艦が見えなくなる  鴻巣又四郎
>>〔38〕青嵐神木もまた育ちゆく      遠藤由樹子
>>〔37〕夫いつか踊子草に跪く       都築まとむ
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>>〔29〕他人とは自分のひとり残る雪     杉浦圭祐
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>>〔26〕雪解川暮らしの裏を流れけり     太田土男
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>>〔24〕つちふるや自動音声あかるくて  神楽坂リンダ
>>〔23〕取り除く土の山なす朧かな     駒木根淳子
>>〔22〕引越の最後に子猫仕舞ひけり      未来羽
>>〔21〕昼酒に喉焼く天皇誕生日       石川桂郎

>>〔20〕昨日より今日明るしと雪を掻く    木村敏男
>>〔19〕流氷は嘶きをもて迎ふべし      青山茂根
>>〔18〕節分の鬼に金棒てふ菓子も     後藤比奈夫
>>〔17〕ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く    かくた
>>〔16〕しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫
>>〔15〕極寒の寝るほかなくて寝鎮まる    西東三鬼
>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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