ハイクノミカタ

昼の虫手紙はみんな恋に似て 細川加賀【季語=昼の虫(秋)】


昼の虫手紙はみんな恋に似て

細川加賀
(『細川加賀全句集』)

 俳人は手紙が好きである。句集の礼状をメールで送るのは無礼だと言われていたのは20年前。通信手段が発達した現在もまだ、手紙をしたためる方が多いのではないだろうか。美しい和紙に流れる達筆な文章も、可愛らしい便箋に一生懸命書いた文字も貰えば嬉しくなる。そうは思うのだが、字の下手な私は筆まめではない。

 仕事の文書は、フォーマットに入力した文字を印字して送る。最後に一言、手書きで自分の言葉を書く。「よろしくお願いします」「お返事お待ちしております」「涼しくなりましたね」など。型通りの言葉だが、精一杯の気持ちを込める。事務的な書面に下手な文字が浮き上がり、何とも恥ずかしい。それでも、たった一言書くだけで相手の対応は変わるものである。

 文章を書くのも苦手な私は、メールのやり取りにも難儀する。仕事のメールは、要点だけなのでそんなには悩まない。だが、私信のメールには何時間もかけてしまう。相手にどう思われるのかを考えてしまい、なかなか送信できない。無視するのは無礼なので、無難な言葉で返信したら、相手を深く傷つけてしまったことがある。気の利いた言葉で早く返信できる器用な人を尊敬してしまう。

 昭和の頃、文通していた女の子がいた。ボーイスカウトの集まりで少し話しただけなのだが手紙がきた。書くことが浮かばない私は、型通りの返信しかできなかった。その後は、一方的な近況報告の手紙が来ては返信を繰り返した。何度かやり取りしているうちに自分のことも知って欲しくなり、心を許すようになった。

 昔の男女は、文の交換で恋を育む。同性同士の交流も文だ。若い頃の友情と恋愛は未分化で、好きという感情だけが先走る。同性の友達なのに書く言葉は「いつも貴方のことを考えています」「また会いたいです」。文というもの自体が愛情表現と捉えれば、手紙もメールもみなラブレターだ。

 知り合いの教授は、雪深い土地の女子短大で講師をしていた時代がある。都内の大学で教授の座を得た頃に、短大の女生徒から手紙がきた。葉書一枚の返信もできなかったらしいが、手紙は毎月のように送られてきた。「授業で勧められた本を読んで先生のことを思い返しています」「先生の笑顔が忘れられません」。教授は、ラブレターだと言って専用の小箱に大切に保管していた。女生徒はその後、教授の大学に編入し、大学院に進学。気が付けば、研究者として不動の地位を築いていた。さらには教授の説に反論を唱え、研究会ですれ違っても無視されるようになったとか。「あの時、葉書の一枚でも返していたら良かったかな。俺に惚れすぎて逆恨みされたのかも」と言っていたが、そういうことにしておこう。雪に埋もれた地の女性が短大卒業後、都内の大学に編入するのは大変なことだった。研究者になる夢を叶えるためには、教授の推薦状が必要だっただけのこと。ラブレターだと思い込んでいる教授もまた愛すべき人である。

 手紙もそうだが、メールもまた誤解を生む。相手に対して誠意を表す言葉は、恋のささやきと何ら変わりはない。書いているうちに感情が高ぶり、相手のことを全身で受け入れ、寄り添うようような内容になる。批判でも嫌味でもないことを分かって欲しい一身で書く締めくくりの言葉は「会いたいです」「想ってます」となる。好きでなければ、手紙もメールも書けない。単純で素直な言葉になるのは当然のことだ。

  昼の虫手紙はみんな恋に似て  細川加賀

 万葉集歌人の大伴池主は、縁者で上司でもある大伴家持に恋とも友情ともつかぬ和歌を贈る。〈桜花今ぞ盛りと人は言へど我れは寂しも君としあらねば 池主〉。桜は満開なのに、貴方が居ないから寂しい。型通りの恋の歌だ。家持もまた型通りの恋の歌を返しているのだが、男性同士の友情とか絆は、恋に近しい。男色の関係にあったのではないかとの説もある。今も昔も、会えない肉親や恋人、友人、上司に対しては、恋しさを表す言葉を使う。故郷の山河も季節の風物もまた「恋う」対象だ。手紙の言葉や詩の表現は、自由なようであり、型に縛られている。

 手紙魔、電話魔と言われる人がいたのは、ひと昔前のこと。文学者の多くは、私信の書簡が発見され憶測を呼んでいる。文学者は筆まめであった。電話魔もいたらしいが証拠が残っていない。メールが普及する前は、電話魔が多かった。

 私の友人女性は、電話魔で毎晩9時ぐらいになるとコールが鳴る。「明日着てゆく服に悩んでるの」から始まり、会社の人間関係や恋の駆け引きの話が延々と続く。トイレにも行けないし、睡眠も取れない。自分の生活を守るために電話には出ないことを決めた。コールは数分置きに11時近くまで続く。留守番電話には、不誠実な私を罵る言葉が残されており傷ついた。携帯電話が普及した頃には、昼間にも数十回の着信履歴があり、円形脱毛症になってしまった。その後、メールが普及したので睡眠不足は解消した。当然ながら、数回に一度しか返信しない私には攻撃的なメールが続いた。たった一言でも良いから返信すれば良かったと思う。面倒な女性だったけれど嫌いではなかったのだから。私のことをこんなにも好きなのかなと思ってしまった時点で、彼女の術中に嵌っていたのかも。

 そんな私だから、本命の恋人は筆不精、電話無精、さらにはメール無精。孤独を抱える私は友人の手紙やメールに癒された。会えば面倒だと分かっている友人にも「会いたいです」と送る私は、随分と汚れた大人になったものだ。だが「会いたいです」と書いた瞬間に本当に会いたくなるのは何故だろうか。どこかで本心だったからだ。手紙やメールの言葉には、心の奥底に秘めた想いを引き出す力がある。

 掲句の作者は男性。〈月まどか長い手紙を書きにけり 加賀〉〈手紙書くきのふの千鳥きこえけり 加賀〉。相当の筆まめだ。手紙の相手も恋人ではない。〈手紙読み海酸漿の香がしたり 加賀〉〈手紙よりこゑが聞えて初諸子 加賀〉。来た手紙も楽しく読み、俳句にしてしまうとは。手紙の言葉の魔力を無意識のうちに把握する能力を持っている作者なのだろう。手紙もメールも数時間かけて書く私には羨ましい。

 あるいは不器用だからこそ、手紙に時間を費やしながら俳句を練っていたのかもしれない。〈昼の虫〉は、夜に啼く虫と違い、か細い声を発する。夜は饒舌でも昼は口下手な人のように。途切れそうな声を重ねる昼の虫の密やかな叫び。言いたい言葉が浮かばない時、人は端的で単純な言語を発する。それこそが、、俳句に必要な表現に繋がってゆくのだ。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】
>>〔109〕朝貌や惚れた女も二三日 夏目漱石
>>〔108〕秋茄子の漬け色不倫めけるかな 岸田稚魚
>>〔107〕中年や遠くみのれる夜の桃 西東三鬼
>>〔106〕太る妻よ派手な夏着は捨てちまへ ねじめ正也
>>〔105〕冷房とまる高階純愛の男女残し 金子兜太
>>〔104〕白衣とて胸に少しの香水を   坊城中子
>>〔103〕きつかけはハンカチ借りしだけのこと 須佐薫子
>>〔102〕わが恋人涼しチョークの粉がこぼれ 友岡子郷
>>〔101〕姦通よ夏木のそよぐ夕まぐれ  宇多喜代子
>>〔100〕水喧嘩恋のもつれも加はりて   相島虚吼
>>〔99〕キャベツに刃花嫁衣裳は一度きり 山田径子
>>〔98〕さよならと梅雨の車窓に指で書く 長谷川素逝
>>〔97〕夏帯にほのかな浮気心かな    吉屋信子
>>〔96〕虎の尾を一本持つて恋人来    小林貴子
>>〔95〕マグダラのマリア恋しや芥子の花 有馬朗人
>>〔94〕五十なほ待つ心あり髪洗ふ    大石悦子
>>〔93〕青い薔薇わたくし恋のペシミスト 高澤晶子
>>〔92〕恋終りアスパラガスの青すぎる 神保千恵子
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>>〔44〕春の水とは濡れてゐるみづのこと  長谷川櫂
>>〔43〕人妻ぞいそぎんちやくに指入れて   小澤實
>>〔42〕春ショール靡きやすくて恋ごこち   檜紀代
>>〔41〕サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓


>〔40〕さくら貝黙うつくしく恋しあふ   仙田洋子
>〔39〕椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ 池田澄子
>〔38〕沈丁や夜でなければ逢へぬひと  五所平之助
>〔37〕薄氷の筥の中なる逢瀬かな     大木孝子
>〔36〕東風吹かば吾をきちんと口説きみよ 如月真菜
>〔35〕永き日や相触れし手は触れしまま  日野草城
>〔34〕鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし    三橋鷹女
>〔33〕毒舌は健在バレンタインデー   古賀まり子
>〔32〕春の雪指の炎ゆるを誰に告げむ  河野多希女
>〔31〕あひみての後を逆さのかいつぶり  柿本多映
>〔30〕寒月下あにいもうとのやうに寝て 大木あまり
>〔29〕どこからが恋どこまでが冬の空   黛まどか
>〔28〕寒木が枝打ち鳴らす犬の恋     西東三鬼
>〔27〕ひめはじめ昔男に腰の物      加藤郁乎
>〔26〕女に捨てられたうす雪の夜の街燈  尾崎放哉
>〔25〕靴音を揃えて聖樹まで二人    なつはづき
>〔24〕火事かしらあそこも地獄なのかしら 櫂未知子
>〔23〕新宿発は逃避行めき冬薔薇    新海あぐり
>〔22〕海鼠噛むことも別れも面倒な    遠山陽子
>〔21〕松七十や釣瓶落しの離婚沙汰   文挾夫佐恵

>〔20〕松葉屋の女房の円髷や酉の市  久保田万太郎
>〔19〕こほろぎや女の髪の闇あたたか   竹岡一郎
>〔18〕雀蛤となるべきちぎりもぎりかな 河東碧梧桐
>〔17〕恋ともちがふ紅葉の岸をともにして 飯島晴子
>〔16〕月光に夜離れはじまる式部の実   保坂敏子
>〔15〕愛断たむこころ一途に野分中   鷲谷七菜子
>〔14〕へうたんも髭の男もわれのもの   岩永佐保
>〔13〕嫁がねば長き青春青蜜柑      大橋敦子
>〔12〕赤き茸礼讃しては蹴る女     八木三日女
>〔11〕紅さして尾花の下の思ひ草     深谷雄大
>>〔10〕天女より人女がよけれ吾亦紅     森澄雄
>>〔9〕誰かまた銀河に溺るる一悲鳴   河原枇杷男
>>〔8〕杜鵑草遠流は恋の咎として     谷中隆子
>>〔7〕求婚の返事来る日をヨット馳す   池田幸利
>>〔6〕愛情のレモンをしぼる砂糖水     瀧春一
>>〔5〕新婚のすべて未知数メロン切る   品川鈴子
>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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