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刈草高く積み軍艦が見えなくなる 鴻巣又四郎【季語=草刈(夏)】


刈草高く積み軍艦が見えなくなる

鴻巣又四郎


我が家では草刈のまっ最中。一年でいちばん忙しい季節である。

季語「草刈」は、牛馬の飼料、あるいは肥料にするために草を刈ること。これはおそらくすべての歳時記に共通する説明だろう。ただ、角川俳句歳時記・第五版には、「庭の雑草を刈ることではなく、農作業である」という一文が新たに加えられている(第四版にはなかった)。

意味を狭く限定したわけだが、庭の雑草を刈るということに季節感がないかといえばそんなことはなく、梅雨どきなど、家屋の周囲の草刈は大変な仕事なのではないかと思う。このような場面で「草刈」を使えないなら、何と言えばいいのだろうか。

さて、掲句。

刈草高く積み軍艦が見えなくなる 

掲句は昭和のころの草刈の風景。草を刈っては運び、運んでは積む。それを繰り返すたび、目の前の港に停泊している巨大な軍艦が少しずつ草に埋まっていくようにも見える。作者の軍艦に対する思いはわからないが、何かしらの不安感は感じていたのではないか。艦橋まですべて埋まったときには少しの安堵もあっただろう。

草刈という民衆の活計としての仕事と、軍艦の運行という国家の事業。鎌という小さな刃物と軍艦の巨大な砲。柔らかな牧草と堅牢な鋼鉄。草の緑と鋼板の黒。まだまだあろう。多くの点で鮮やかな対照を描き、重層的な作となっている。

現代俳句協会編「現代俳句歳時記」所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔38〕青嵐神木もまた育ちゆく      遠藤由樹子
>>〔37〕夫いつか踊子草に跪く       都築まとむ
>>〔36〕でで虫の繰り出す肉に遅れをとる   飯島晴子
>>〔35〕干されたるシーツ帆となる五月晴    金子敦
>>〔34〕郭公や何処までゆかば人に逢はむ   臼田亜浪
>>〔33〕日が照つて厩出し前の草のいろ   鷲谷七菜子
>>〔32〕空のいろ水のいろ蝦夷延胡索     斎藤信義
>>〔31〕一臓器とも耕人の皺の首       谷口智行
>>〔30〕帰農記にうかと木の芽の黄を忘ず   細谷源二
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>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
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>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
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>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


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