ハイクノミカタ

雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ 朗善千津【季語=雪掻(冬)】


雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ

朗善千津


ニューヨークは11月25日にご紹介した感謝祭(サンクスギビング・デー)から、元旦(ニューイヤーズ・デー)まで続くホリデーシーズンの真っ只中。街路樹が一斉に色鮮やかな電飾を纏い、街は一年中で最も光り輝いている。

例年ならば多くの人出で賑わうところ。新型コロナウイルス環境下ではあるが、今年も街の歩道の露店ではクリスマスツリー用のもみの木が売られ、広場では例年よりその総数も規模も小さいものの、ホリデー・ギフトを売る特設マーケットが開かれている。

クリスマスツリーといえば、先月の末、森から期せずして一緒に運ばれてきた小さな(ふくろう)で話題になったあと、ちょうど1週間前の12月2日の水曜日に点灯されたロックフェラーセンターの巨大ツリーが有名。国民の大多数がキリスト教信者である米国では、イエス・キリストの生誕を祝う祭日、クリスマスは国の祝日となっている。

日本でもお馴染みのクリスマス。米国や西洋の国々のクリスマスは、キリスト教信者のための祝祭であるが、日本のキリスト教信者が信者として祝うクリスマスは別として、日本のクリスマスは特定の宗教の影響を受けない行事として純粋に楽しむイベントとなっており、日本独自のもの。筆者も米国に暮らしながらも、クリスマスは日本流。

さて、クリスマスの他にもニューヨークの冬の街を彩る祭がある。それが掲句にある〈ハヌカ〉(Hanukkah)。

〈ハヌカ〉はユダヤ教の祝祭で、ユダヤ系人口が米国内で最も多い都市であるニューヨークではその存在感は大きい。エンパイア・ステート・ビルディングはクリスマス・カラーの赤と緑とともに、〈ハヌカ〉カラーの青と白のライトアップも欠かさない。

クリスマスが毎年西暦の12月25日と定まっているのに対して、〈ハヌカ〉はユダヤ暦(日本の旧暦と同じく月の満ち欠けを主とした太陰太陽暦)で行われるため西暦上では毎年日付が変わり、今年は西暦の12月10日つまり明日の日没から18日の日没まで行われる。 

紀元前の昔、異教徒の支配から解放された際に取り戻した神殿の清めの祭りで、〈ハヌカ〉はヘブライ語で「捧げる」という意味の動詞「ハナク」に由来し、再び神殿に捧げ物ができるようになった喜びを記念する意味を持つ。新しい祭壇のランプを灯す油が1日分しかなかったにもかかわらずその聖なる油は8日間も燃え続けたという奇跡に因んで、毎夜1本ずつ8日間、合計8本の蝋燭を灯してゆくこの祝祭はいつの頃からか「光の祭」とも呼ばれている。

クリスマスにとってのツリーのように、家庭や、「シナゴーグ」と呼ばれるユダヤ教会など、人の集う場所には、その火を灯すための「メノーラ」と呼ばれる、9本の(1本は種火用のため正式には8本と数えられる)ろうそくが立てられる燭台が置かれる。毎年セントラルパークの入り口、59丁目と5番街に設置されるメノーラは世界最大ということ。筆者の住むアパートメントのビルディングのロビーもそうだが、クリスマスツリーと共にメノーラが飾られているところが多い。

この8日間、シナゴーグでは特別な礼拝が行われ、家庭では家族、親族が集まり、メノーラを灯してゆく。その灯りのもと、聖なる油にちなんで、ジャガイモの千切りをかき揚げのようにした「ラトカ」(「ラトケス」とも)や、苺ジャム入りのドーナツに似た「スフガニヤ」という油を使った料理を食べて祝う。子供たちは「ドレイドル」と呼ばれる独楽で遊び「ゲルト」という金貨の形をしたチョコレートをプレゼントしてもらう。喜びに満ちた8日間だ。

さて、いよいよ掲句である。

雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ  

掲句の〈ハヌカ〉は雪の祝福を受けたようだ。
寿(ことほ)〉ぐとは、喜びや祝いの言葉を述べ幸せを祈ること。〈ハヌカ〉を祝う言葉は、英語圏では「ハッピー・ハヌカ」(”Happy Hanukkah”)。

筆者の友人によると、ユダヤ人の間では通常、〈ハヌカ〉も含めた他のユダヤの祝祭にも使う、ヘブライ語で「良い祝祭を!」という意味の「ハグ・サメア!」(“Chag Sameach!””Chag“は祝祭、”Sameach”は楽しい。)を言うらしい。

雪晴れの空の青と雪の白は、まさに〈ハヌカ〉・カラー。家族総出の雪掻きであろうか、清々しい雪晴れの空に皆の祝いの言葉が響き合う。

雪掻きで家周りを清め整えた後には、暖かい屋内で楽しい時間を過ごされたことだろう。

今年の〈ハヌカ〉の空模様はいかに。どんな天気でも大いなる祝福に違いない。今年も光と喜びに満ちた8日間となりますように。掲句の寿(ことほ)ぎの精神にあやかって、作者とご家族、そして読者の皆さんの安全と健康と幸せをお祈りして、

ハグ・サメア!
ハッピー・ハヌカ!
良いハヌカを!

ミセスローゼンの富士日記」所載。

月野ぽぽな


【お知らせ】
月野ぽぽなさんの夫でありピアニストの木川貴幸Taka Kigawaさんのピアノリサイタルが、在ニューヨーク日本国総領事館主催で開催されます! リンク先(Facebook)からライブストリームを「無料」で視聴できますので、ぜひご覧ください。

【日時】12月19日(土)午前7時(日本時間)開演
 (日本時間ではの時間帯になりますので、ご注意ください!
  下記のフライヤーの日時は、ニューヨーク時間になります

【プログラム】
  ドビュッシー:版画
  ショパン:プレリュード 嬰ハ短調 作品45
  ショパン:バラード第1番ト短調 作品23
  ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調 作品53(英雄)
  武満徹:雨の樹素描 II
  ベートーベン:ソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2「幻想曲風ソナタ』(月光)

【会場】こちら(↓)の画像をクリックすると、Facebookの「会場」にリンクします! みなさまのお越しをお待ちしております!


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


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