ハイクノミカタ

夜着いて花の噂やさくら餅 關 圭草【季語=桜餅(春)】


夜着いて花の噂やさくら餅

關 圭草(せき・けいそう)


引き続き落ち着かぬ日々。

と思っていたけれど、そうではないのかもしれない。いっぱいに巻いた螺子が伸びきってしまったあと、なんとなく動かすことに慣れてしまって、元のスピードに戻れないだけなんじゃないか。

前回に引き続きですが、そういう際に唱えて自分をしゃきっとさせる言葉はこちら。

「助けなんて来ない」

するとあら不思議、今日ももりもりやる気が湧いてくる…訳ではないんだけれど、ただ、物事の順序がはっきりして、余計なことをせずに、最短距離辿ることができる。先週のコール&レスポンスは、疲弊して立ち上がれないときの処方箋だったけれど、今回はなんか整理がつかなくてわちゃわちゃしているときに効く。

夜着いて花の噂やさくら餅

自宅か、どこぞの花見宿かはわからないが、忙しなかった日中の場所を離れて、夜になって着いた目的の地は、桜が咲く頃。到着した人が荷を下ろし到着までの話をする前に、到着を待っていた側から桜の様子が語られ始める。

もう、桜の咲くところへは暗かったり遠かったりしてその晩は噂どまりとなってしまうのだろう。まあまあ、せめてと言うことで、出された桜餅を食べながら話の続きを聴くのだろう。

關 圭草は明治十七年の生まれ。東洋紡の前身である大阪紡績会社に入社後、欧米巡遊したり、使節団としてブラジル・欧州を歴訪したり、日埃通商交渉にエジプトを訪ねる一面も。

句は、会社のあった大阪・堂島から自宅のあった神戸・東灘への道のりとも、あるいは遥かそれらの国のどこかからの帰還とも。

という、「花の噂に桜餅」というあたりも嘘のような本当のような話、本当は四月一日に出るはずだったのでしたが、今週の東京のペースの(ついでに感染者数も)戻り方に曜日を一日間違えまして、二日に出ることになりました。

「助けなんて来ない」と思っている間にも、早めの原稿を書いてくれる土曜担当のうさぎさんや、現在、電波の外にいながら、夜(?)圏内に着き次第、アップしてくれる管理人氏に助けられているわけでして。お二人にはいつか桜餅を進呈いたします。

花冷の週末、桜餅と桜餅のように支え合って過ごせますように。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな   田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺      河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る      佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠    池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
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>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
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>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
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>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
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>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
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>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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