未来より滝を吹き割る風来たる夏石番矢【季語＝滝（夏）】

ハイクノミカタ

未来より滝を吹き割る風来たる　夏石番矢【季語＝滝（夏）】

2023/6/29
ハイクノミカタ, 橋本直
1955年生まれ, 「吟遊」, たり, より, を, 吹き割る, 夏の季語, 夏石番矢, 未来, 来たる, 来る, 滝, 風

未来より滝を吹き割る風来たる

夏石番矢
（『Métropolitique』）

俳句における四時の循環とそれに伴う人事の変遷は、季節が繰り返ししつつ、しかしそれは以前のそれではないという無常としての不可逆的らせん構造を持ち、はるか古代から未来まで連綿と続くことを前提されている。それゆえに強度の高い自然観の構造をもっていて、俳人が自然と人間の一体感を善とすることはよくあることだと思うけれども、そうは言いつつ、おおむねこの構造の中に浸るもののように見える。そしてその世界観のなかに落とし込まれると、たとえば後藤夜半「滝の上に水現れて落ちにけり」のような、素人がみれば一見してただ風景を描写したのみと感じるのではないかというような言葉のあつまりと、それにともなう個の詠嘆を俳句の形式へ放り込んだものが、読み手が共感する意味内容を形成しうることにもなる。そして、それは全体から個の方向より個から全体の方向を向いている力のほうが強力だから、個人を基本単位とする近代に対しての働きはアンチであるだろう。ということは、子規以後の文学としての「俳句」は矛盾を抱えるのであり、この構造と個のありようが近現代の俳句を滋味深いものにしていると思うのだけれど、時代の中で個個の力が弱くなってくると、たちまち構造の方が蠱惑的な危ない輝きを放ち始めてしまうようにも思う。芭蕉が俳諧は危うきに遊ぶものだというような言葉をのこしていた覚えがあるけれども、その輝きは違った意味で実に危ういのじゃなかろうか。

さて、掲句は上五の「未来より」で、出だしからこの俳句の持つ自然観の構造を拒否している。そして、人のつくった自然観など、本来の自然そのものには関係のないことなのだ、ということをあらためて知らしめる。人の軛を逃れた風が、のびやかに滝を割ってゆく。ないようであり、あるようでない景の創造を成している唯一無二の一句だろう。この句のもつ世界の伸びやかさは、とても魅力的に感じられる。

長々続けてきましたが、私の担当は今回で最後です。お読みくださった皆様、ありがとうございました。

（橋本直）

【執筆者プロフィール】
橋本直（はしもと・すなお）
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」（邑久光明園）俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』（2011年）、『鬼』（2016年）いずれも私家版。第一句集『符籙』（左右社、2020年）。共著『諸注評釈新芭蕉俳句大成』（明治書院、2014年）、『新興俳句アンソロジー何が新しかったのか』（ふらんす堂、2018年）他。

【橋本直さんの第一句集『符籙』はこちら】