ハイクノミカタ

春宵や光り輝く菓子の塔 川端茅舎【季語=春宵(春)】


春宵や光り輝く菓子の塔

川端茅舎
『川端茅舎全句集』


「光り輝く菓子の塔」とはいったいどんなものなのだろう?となるのだけれど、句集(『川端茅舎句集』)の句の並びがちょっと連作風で「春暁や先づ釈迦牟尼に茶湯して」「春暁や音もたてずに牡丹雪」「春昼や人形を愛づる観世音」「春宵や光り輝く菓子の塔」「春の夜や寝れば恋しき観世音」「春の夜やちよろりと出づる御臘番」「春の夜や女に飲ます陀羅尼助」と並んでいるので、これが一連の詠であるとすると、「菓子の塔」は寺の仏へのお供え物なのではないか、となる。「陀羅尼助」とあるから、それは奈良吉野あたりの寺で、泊まっているようだから宿坊があり、人形供養がされていて、電気はなく臘番がいる、というような想像ができる。句の初出や背景をきちんと調べてはいないので、実際どうなのかはわからないが、句集に収めるにあたり、前後に観世音の句があって真ん中が洋菓子の塔というのはさすがにないだろう。そうするとこの「光り輝く」というのは単なる客観描写というより、茅舎における仏への信仰心や崇高さへの敬意などの心の投影があると考えるほうが自然であるように思われる。宗派によるかもしれないが、高く塔のように供物の菓子を積み上げてあるのを見た覚えはあるものの、そういう菓子がそんなに光っている印象はないのだけれど、茅舎の心の目には、確かに光って映って見えていたのではないだろうか。

橋本直


【橋本直のバックナンバー】

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>>〔74〕炎ゆる 琥珀の/神の/掌の 襞/ひらけば/開く/歴史の 喪章 湊喬彦
>>〔73〕杜甫にして余寒の詩句ありなつかしき  森澄雄
>>〔72〕野の落暉八方へ裂け 戰爭か     楠本憲吉
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>>〔70〕ばばばかと書かれし壁の干菜かな            高濱虚子
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>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな  高田蝶衣
>>〔3〕大いなる梵字のもつれ穴まどひ     竹中宏
>>〔2〕秋鰺の青流すほど水をかけ     長谷川秋子
>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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