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あたゝかに六日年越よき月夜 大場白水郎【季語=六日年越(新年)】

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あたゝかに六日年越よき月夜

大場白水郎
(『カラー図説日本大歳時記』)


 気がつくと一月ももう六日である。びっくりだ。俳句をやっている方はけっこうご存知だと思うが、季語「六日」の傍題に「馬日」がある。正月から占った生き物の順に、鶏日→狗日→猪日→羊日→牛日→馬日→人日なのだけれど(ちなみに八日は「穀」)、この呼称が中国の風習由来ということもあって狗だ羊だと言われてもピンとこなかったかものか、早くから歳時記には載っているにもかかわらず、例外的に、夏井いつき『続・絶滅寸前季語辞典』で夏井さんが鶏日から馬日までを焼酎の銘柄詠み込みで句にするという荒技で“苦肉の作句”をしている他に、「人日」以外の例句はさっぱりみあたらない。一応季語なのになにも句がないのも残念なので、以前、「人日」を「人の日」と詠んでいる例に倣って「牛日」を「牛の日」にして詠んだ句を自分の句集にも入れてみたのだけど、なかなか他の例を見ない(あったら教えてください)。言い換えると、「人日」だけが別格扱いなのだ。

 では、これを「一日」から日付の季語でみてみると、三が日と七日が別格で、四日は仕事始めだから多少あるものの、五日、六日となると例句が減る。そのあたりを飯田龍太が『カラー図説日本大歳時記(新年)』の「五日」で「各地の独特の行事を別とすると、単に五日といっただけで、正月五日と直感するのはやや困難な場合もあろう」、「六日」では「そうした民俗行事も、次第に失われてゆく昨今、季語としての六日の印象は不鮮明となるのも止むを得ないことである」とそれぞれ解説している。この解説中で龍太が言う失われてゆく六日の行事の例には「六日年」にまつわる各地の行事がいくつか紹介されているのだが、この「六日年」は「六日年越」とも言う。こちらは同大歳時記の行事のほうに立項されていて、唯一例句にあったのが掲句。ひたすら言祝ぐ正月の気分を詠むという点では伝統を踏んでいる内容のようだが、他に何があるでもないから、現代人がこの句だけみると、多くは「六日年越」って何?となるのではないだろうか。

 では、「六日年越」は何かというと、先の大歳時記では、森澄雄がこの項を担当しており、「七日を正月として、その前日に年越しの祝いをする。七日を年の改まる日としたのは、元日正月と十五日正月の半ばに当る日を、祭りの忌みに入る初めの日とした習慣による。六日年越とよぶようになったのは室町時代前後からだが、現在も信州・近畿一帯、九州の熊本県などに残っている。かならず麦飯を食う習わしが多く、もう一度、大晦日と同じ神祭と食事をする風習は、関東から西国に及んでいる。信州では「六日日の年取」または「六日年」ともいい、近畿では「神年越」といって、改めて神々を祭る。」と解説している。「半ばに当る日を、祭りの忌みに入る初めの日とした習慣」というのはどこから持ってきたものか未詳で、よくわからない解説である。『角川俳句大歳時記』では小林貴子が「正月七日は一五日正月の始まりと考えられたため、その前夜は年越しに相当する」と書くのだが、これもここだけ見るとどこから持ってきたのかよくわからない解説で、せっかく長々と続く「考証」との連携はとれていない(同書「七日」(担当は櫂未知子)を読むと少しわかるがそちらには「考証」がない)。歳時記と辞書レベルまでで民俗学の専門文献にまで手をのばしてはいないので、この辺りの正確なところはよくわからないのだが、実際のところは諸説あってはっきりしないのではないだろうか。正月を七日までとしたのは江戸幕府の政策で、元は十五日まで松の内であったという。半月もの間が正月であり、宮本常一が執筆に参加し、「考証」の記事が詳しい角川『図説大歳時記』でその辺りを読むと実にさまざまな呼称や風習があったことがわかるし、その他の行事にも波及連関するので興味のある方はそちらを当たられるといい(私にはすごく面白いです)。強引に丸めると、中国渡来の風習やら日本の古俗やらその後のものやらがこの半月にごちゃっと混在しているということなのかもしれない。古歳時記を見ると、貝原益軒刪補、貝原好古編録『日本歳時記』の「六日」は、ただ「沐浴(かみあらひゆあみ)」と記すのみ。生粋の江戸っ子の斎藤月岑が江戸時代後期に編んだ『東都歳事記』の「六日」にも、「良賤年越しを祝ふ(六日年越といふ)」とあるのみ。ついでに言えばこの「六日」の項で「古來は十五日に爆竹ありしが、國禁によりて今なし」とわざわざ書いているのは面白い。

 さて、ひとまず七日が二度目の正月で、六日はその前日の大晦日にあたる。だから、大晦日と元日の年越蕎麦と雑煮にあたるのが、麦飯と七草粥(地方で異なる。ちなみに十四日は団子や餅花で十五日は小豆粥)であり、昔の日本人は正月の半月の間に何度も身を清めていたことになる。宮本常一は『図説―』の「六日年越」の解説中で、そのあたりの機微を「正月中に何回も年をとらなければならなかったのは、一つには前年が悪い年であった場合、その凶事を断ち切ってしまわねばならないためらしい。」といい、「六日年越」は理由のはっきりしない年越しなので各地さまざまな理由付けをしていると書いている。

 掲句に話題をもどす。大場白水郎は久保田万太郎と府立中学、慶応普通部の同級生で、彼の影響で俳句をはじめた。「三田俳句会」「いとう句会」などに居た俳人かつ企業経営者であり、詠んだ句はおおむね鷹揚としている印象。日本橋生まれの江戸っ子であった彼の「六日年越」がどのようなものであったのかはもはやよくわからないが、槌田満文編『明治東京歳時記』には、「六日年越」で解説があって、それによると白水郎や万太郎の幼少期である明治三十年代には東京でも六日に年越し蕎麦を食べて祝う家があったとの記述があるものの、既に江戸以来の行事ごとは多く廃れてしまっていたようだ。また、同書には、泉鏡花「継三味線」(大正7年)の中で「六日年越」の日の出来事がでてくるくだりが紹介されているが、これは主人公の宝生流の能役者が、六日年越の夜に京都から車を飛ばしてきた酒癖の悪い無粋な客に待合に呼ばれた時に、評判の柳橋の美人芸者と会ったことを酒席で語る、という部分なので、六日年越の存在感はまるでなく、なくはないがその日として書かれているあたりが、白水郎のころの「六日年越」のありようをよくあらわしているのかもしれない。

橋本直


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>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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