【木曜日】は2か月交代で〈大学俳句会〉のみなさんにご執筆いただいています。「北大俳句会えぞりす」からのバトンが渡ったのは福島大学俳句会。第2回は佐藤惠さんです。

東日本大震災忌日は昇る
第77回福島県文学賞俳句部門文学賞『原発忌』
佐藤惠(福島大学俳句会)
人々が3.11と呼ばれる日を詠む際、原発という社会問題への提起や国への不信、東京電力福島第一原子力発電所事故による行き場のない不条理感がしばしば表れる。それは時に、俳句というよりはまるで標語のような性質を持っている。
『原発忌』にはそれがない。単なる事実があり、しかしその事実そのものがナラティブを有する。独自のナラティブ性をもった俳句は、確かに東日本大震災とその影響を物語っている。
〈産土を朱に塗る地図や原発忌〉
東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故により、原子炉の損傷や放射性物質の放出・拡散による住民の生命・身体の危険を回避するために、国は原発事故直後から避難指示を発出した。事故の深刻化に伴い徐々に避難指示区域が拡大され、現在は除染やインフラ・生活環境の整備により、徐々に避難指示が解除され、現在では帰還困難区域だけが残されている。1)
地図上の産土、すなわち生まれた土地を「朱に塗る」とはどういうことか、当時の福島を生きた人なら理解できるだろう。立ち入りの出来なくなった区域がどこからどこまでなのか、確認するため/怒りを忘れないため/絶望するために赤で塗りつぶす。その対象は「産土」であり、単なる「土地」「地域」とは異なる、詠者にとって特別であるような存在感がみられる。そして、その行為は「原発忌」に行われる。「原発忌」を重ねるたびに、着実に「朱に塗る」範囲は狭くなってゆく。しかし、朱に塗られた―立ち入り禁止区域であった―事実は消えることはない。そのやるせなさや寂寥感が表れた一句である。
〈香水をちよつとつけてはみたものの〉
私は、東日本大震災のあと詠者がどのような生活を送ったのかを知らない。ただ、この一句からは疲弊した生活の気分転換のために香水を使ったが、しかし気分は晴れなかったという切ない場面が浮かぶ。私は香水が好きである。気温や天気でどのような香りを身に付けるか考えたり、眠るときにも寝香水を使わないと入眠できなかったりするほどには香水が好きだ。だから、香水をつけたがどうも変わらないという状況がとても恐ろしい。精神が擦り切れ、香水が到底癒しにはならない生活を送ることがどれほどのことなのか、震災当時3歳だった私は、解像度の低い想像しかできない。
日常の一瞬間を切り取っただけの一句である。しかし、奥行きのある一句でもある。
〈峰雲や黒板一面「がんばろう」〉
震災遺構となった学校を何度も訪れたことがある。どの学校に行っても、黒板には様々のメッセージが残されており、思わず涙したこともあった。
この句が描く場面ではどうやら黒板一面に「がんばろう」と記されていたようである。教室は大きな仏壇みたいだと思う。その一番真ん中で一番大きく鎮座している黒板の、目いっぱいに書き残された「がんばろう」の言葉は、どこか圧倒的である。もう誰もいない(かつて誰かがいた)静かな教室で、黒板はたくさんの時間を過ごしてきた。時間の経過のなかでその役割は、児童生徒の学習を支えることから、震災の悲惨さを伝えることへと移行した。
しかし、「峰雲」はどうだろうか。人間の干渉できない、雄大な自然。15年前も今も変わらず、人間を嘲るかのように変わらないままの空が、私は嫌いだ。その対比構造がなんとも残酷である。だから、私はこの一句が好きなのである。
〈東日本大震災忌日は昇る〉
3月11日に日が昇った、という情報だけがある。しかし一度でも「フクシマ」に関わったことのある人ならば、このナラティブを紐解くことができるだろう。ある日突然未曾有の大災害に襲われ、それに伴って原発事故が生じ、普通の生活がままならなくなった。それに加えて、県外・国外からは「フクシマ」と揶揄され、風評被害を受ける。もしかしたら今も、前を向けていない人もいるだろう。2011年3月11日に囚われ続けている人もいるだろう。
しかし、それでもかれらは生きてきた。かれらは長い苦悩に苛まれ、ただその苦悩を引き起こした天災、それを生じさせる自然はやはり変わらない。ずっと変わらず日は昇るのである。それはまさに無常観を体現している。もちろん、「日は昇る」からは明るいイメージを受けることもできる。だが、ただその希望だけを信じ続けることはかれらにとって、難しいことであったろう。しかしそれでも、かれらは福島で生きてゆく。あかつきの空に希望は光るだろうか、と思いながら、これからも生きてゆくのだ。
取り上げた4句どれもの背景には、それぞれのナラティブがあった。詠者だけがわかる、詠者だけの震災体験である。主張のためのスローガンでも、思想を伝えるためのツールでもなく、ただ俳句として機能している。そこに『原発忌』の秀逸さが現れているのだ。
(佐藤惠)
【サークルプロフィール】
福島大学俳句会
2025年11月発足。立ち上げ人代表・金光舞、副代表・石川尖晶、顧問・高橋由貴准教授。毎週金曜日の活動。月に一度は季語を体感することを大切にしており、5月・しゃぼん大会、6月・ゼリーを食べる会、7月・流しそうめん大会を実施。9月に実施した一泊二日の夏合宿では句会が3時間に及びたいへんな盛り上がりをみせた。3ヶ月に一回程度のペースで吟行も行っている。さらに、福島大学の出張講座のなかに初心者向け俳句講座を設けており、湯本や飯坂、楢葉など福島県全域を対象に俳句を教える活動にも取り組んでいる。インスタグラムでは毎日季語を紹介する投稿を続けており、ニッチな人気を誇る。
現在、会員は17名であり、福島大学に通う学生に限定し、会員を募集中。今年11月7日には福島大学俳句会機関誌「栖(すみか)」の創刊号が刊行予定となっており、40名近くが関わる大きなプロジェクトになっている。
【執筆者プロフィール】
佐藤惠(さとう・けい)
平成19年生まれ、福島県出身。福島大学2年。福島大学俳句会所属。第77回福島県文学賞短歌部門青少年奨励賞受賞。東日本大震災・原子力災害伝承館ユースクリエイター。中高生表現型探究&研究型探究実践プログラム「福島学カレッジ」表現コース メンター。福島や東日本大震災をテーマに、短歌やアート、探究支援など多様な方面で活動。将来の夢は福島と添い遂げること。