科学とは月も土足にかくること 中田みづほ【季語=月(秋)】


科学とは月も土足にかくること

中田みづほ

「科学とは」と始まる一句です。科学とは何か。その答えとして作者が差し出したのは、「月も土足にかくること」という言葉でした。
「土足」には、履物を履いたままという意味だけでなく、遠慮なく踏み込むことへの批判的な響きもあります。科学の進歩によって、人間はついに月にまで足を踏み入れるようになった。そのことへの驚きとも、皮肉とも読めます。

この句は昭和四十四年、1969年の作品です。
同年七月、アポロ11号が人類初の有人月面着陸に成功しました。制作年を知ることで、この一句が当時の歴史的な出来事と結びつきます。
さらに作者の中田みづほは、脳神経外科の発展に大きく貢献し、「日本脳外科の父」とも呼ばれる脳神経外科医でした。
科学の研究に生涯を費やしてきた人物が、「科学とは月も土足にかくること」と詠んだのです。

この経歴を知ると、「科学とは」という言葉が、それまでとは少し違って聞こえてきます。科学を外側から眺めた感想ではなく、自ら科学に携わってきた人の言葉でもあるのです。

では、制作年も作者の経歴も知らずに、この句を読んだらどうでしょうか。

「科学とは」という大胆な言い切り、「月も」という言葉の広がり、そして「土足」という意外な表現。これらは、背景を知らない読者にも差し出されています。

月は古くから人間が仰ぎ見て、詩歌に詠んできた天体です。その月に人間が足を踏み入れる。遠くから眺めるものだった月と、人間との関係が変わったことも、一句の言葉から想像できます。

掲句の背景を知ることによって、読者は作品が生まれた時代や作者の置かれた立場を想像することができます。しかし、背景を知らなければ掲句を受け取れないというわけでもありません。
むしろ、背景を知る前に受け取ったものが、知った後にも変わらず残っていることがあります。また、背景を知ったことで、それまで気づかなかった読みの可能性が生まれることもあります。

一句の言葉から受け取れるものを大切にしながら、知識によって新たに見えてくるものにも心を開いていたいと思いました。

中本真人『中田みづほの百句』(ふらんす堂)所収

(菅谷糸)


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。


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