背広よりニットに移す赤い羽根野中亮介【季語＝赤い羽根（秋）】

背広よりニットに移す赤い羽根

野中亮介

いつの頃からか「馬醉木」三羽烏と言われて久しい。三羽烏とはすなわち、野中亮介、橋本榮治（「句集　瑜伽角川俳句叢書　日本の俳人１００」）、平子公一を指す。

この三名は水原秋櫻子及び福永耕二の晩年に初学の頃が重なっている。両名の死後に頭角を表わし、林翔が長く選を担当した「馬醉木」の若手向け投句欄「あしかび抄」の立ち上げなどから実力を伸ばし、「馬醉木」の激動期を生きてきた俳人達だ。三人で切磋琢磨してきたと聞く。例えば橋本榮治の【新装版】句集『麦生』（むぎふ）の装幀は平子公一、栞は野中亮介であり、三名の仲の良さを窺い知ることができる。

この三名に限らないが、少なくともこの三名は対内的にも対外的にも、現在の「馬醉木」の中核を担う存在といって良いのだろう。

私と野中様との出会いは根岸善雄先生が、遺言のように「自分にもしものことがあれば、野中さんを頼りなさい。これからは彼の指導を受けるように。」とおっしゃってくださったことにある。その後、拙句集『深雪晴』に十三頁にわたる長文の跋文を賜った。この跋文は拙句以上に読者の方々から、言及を賜ることが多かった。

冒頭から根岸善雄と野中亮介とのやりとりで始まるこの跋文は、「馬醉木」という結社の様子を描くエッセイとしても面白いとよく言われた。また俳句がすぐれた読み手を要する文学であるということをよくよく私に教えてくださるもので、名鑑賞によって、拙句をことごとく引き立てて頂いた。言葉も無い。

気になる方は、詳細を『深雪晴』にてご確認ください笑　

さて野中亮介の略歴を掲げる。一九九五年第十回俳句研究賞受賞。一九九七年『風の木』で第二十一回俳人協会新人賞。二〇〇一年、俳誌「花鶏（あとり）」を創刊主宰。二〇二一年『つむぎうた』にて第六十回俳人協会賞受賞。本来超がつくほど多忙で、畏れ多くも近づきがたいというのが正しいところだ。だが俳句に関して迷ったときには、連絡を取らせていただいている。

秋天や射貫く言葉として俳句

純白の湯気立てて人愛すなり

俳句に対して真摯であり、妥協しない。しかも他人に対する分け隔てのない愛がある。まさに慕うべき理由である。小野恵美子『水原秋櫻子一句の風景』とともに「馬醉木」を代表する秋櫻子の研究者としての一面も有する（野中亮介「水原秋櫻子研究 : その俳句形成過程について」九州大学学術情報リポジトリ）。

実際に会ったのは今年二月の「馬醉木」創刊百周年記念大会「馬醉木創刊100周年記念大会および祝賀懇親会」がやっと開催されました！ – ちわきの俳句の部屋 (goo.ne.jp)（兼久ちわき様は現在の「あしかび抄」の選者。私もまた「あしかび抄」の選者の方々に大変お世話になった）が初めてであったが、初めて会ったとは到底思えなかった。この場を借りて改めて感謝の限りである。

さて、「赤い羽根」は誰しも経験があるのではないか。私は小学校で配られて胸に付けて帰るも、帰り路で友人と遊び回って、あっという間にというのか、いつの間にかというのか、剥がれ落ちていたことを思い出す。

季語になるくらいであるから、時代・世代を超えたものであるはずだ。社会福祉法に根拠がある。十月一日から街頭その他で行われる共同募金で、募金をした人の胸に赤い羽根が付けられる。

掲句において、作者は背広を着ていた。俳句や業務の関係での帰り路であったろうか。街頭で募金をして赤い羽根を付けてもらった。さらに作者は帰宅後にニットに着替えた。そして、背広の赤い羽根をニットの胸に自らの手で移し替えた。

ようやく一息ついたという安心感がうかがえる。またわざわざ移し替える行為から、律儀な性格を感じる。そして「赤い羽根」の季語の象徴するところは、晩秋の人恋しさやいよいよ今年も残り三ヶ月と年越を見据えた時期にさしかかったことを背景にしながらの、決して差し出がましいことはしないが、それとなく他者へ手を差し伸べる優しさであろう。野中亮介という人柄を端的に示す「愛」という言葉が脳裏に浮かんでくる所以である。

秋櫻子の

駅頭の雨滝なせり愛の羽根

の句ともどこか響き合うような句である。

秋櫻子は、人事句にも名句が多い。「駅前」ではなく「駅頭」、また「滝なせり」という把握・措辞の確かさ。強烈な雨の冷たさと灰色に対しての胸元に灯るような「愛の羽根」、さらに羽根を付けてくれた人への感謝、指先の温みなどとの対比。その構図の不動。

秋櫻子が目指したところを考えながら、「馬醉木」の先人達が、未来へとバトンをつなげて下さり続けていることに深く感謝している。

（伊藤幹哲）

【執筆者プロフィール】
伊藤幹哲（いとう・まさのり）
昭和六十三年宇都宮市在住。「馬醉木」同人。俳人協会幹事（栃木県支部事務局長）。第十二回北斗賞、俳人協会第五回新鋭俳句賞・第七回新鋭評論賞準賞、第三十六回村上鬼城賞新人賞。第一句集に『深雪晴』（文學の森）。

【伊藤幹哲さんの第一句集はこちら！】

◆伊藤幹哲氏は宇都宮市在住、大正11年創刊の俳句結社「馬醉木」に所属して日々研鑽を積む34歳、二児の父でもあります。白日へまばゆき鷹を放ちけり　挨拶はなし春闘の席に着く　月のいろ宿す金魚を掬ひけり　踏台の子と歯を磨く夜涼かな　秋燕や光あつめて出す棺「私は、俳句形式としての有季定型切字の可能性を深く信じている。自らの心の動きを表現するにあたって、生涯をかけて追究していくべきことだと思っている。俳人は十七音の世界の中でどこまでも自由なのだから」(本書より)