ハイクノミカタ

さしあたり坐つてゐるか鵆見て 飯島晴子【季語=鵆(冬)】 


さしあたり坐つてゐるか(ちどり)見て)

飯島晴子

ち‐どり【千鳥/鵆】が冬の季語になっているのは、寂しい冬の海辺の風情に合うということから、万葉集の頃から多く詠まれてきた、という文学的な理由からであり、実際の生態によるものではないようだ。

確かにチドリ科の鳥には夏鳥のコチドリがいて、留鳥のイカルチドリ・シロチドリもいて、その他に春秋の渡りの時期にだけ見られるものもいる。特に冬に姿や声が目立つということもない。

私が住んでいる地域(大阪南部沿岸)で野鳥を見ていて、冬の時期によく見かけるのは、イカルチドリ。水辺をちょこまかと歩いていたり、寒い川原で小石のようにじっとしている様子は、なかなかに可愛らしい。

ところで、いわゆる「千鳥足」だが、手元の『合本歳時記』第四版(角川学芸出版)の解説では、「左右を踏み交えたいわゆる千鳥足で歩く」と書かれているが、これは少々怪しい。だいたい小さな千鳥が素早く動くとき、脚を踏み交えているかなど、肉眼でわかるものだろうか。

一方『角川俳句大歳時記』(角川学芸出版、2013)には「砂の上を電光形に歩く。これが千鳥足である。」とあり、それなら納得できる。千鳥は少し走っては向きを変え、ジグザグと進むことがある。実際にその様子を見ると、これこそ千鳥足ではないかと思えてくる。

さて、晴子の鵆の句。『平日』所収。平成八年の最後に置かれている。言い放つような口語が晴子らしいが、同じ『平日』所収の「葛の花来るなと言つたではないか」ほどの強い調子はない。例え何か大きな懸念があったとしても、「さしあたり」衛でも見て坐っておこう、という精神の余裕を感じる。

この句の鵆が、分類学上何チドリかはわからないが、古来より詠われてきた文学上の千鳥ではなく、体温をもった現実のいきものとしてのチドリであろう。句集内のひとつ前の句が「総身に鴨の羽音をあびに来し」である。晴子は鳥を見に水辺へ通うこともあったのではないだろうか。だいたい、チドリなどは、見ようと思わなければ目に入ってこない鳥である。

鳥を見に行っていたとしても、それはおそらく俳句のために、だとは思うが、自分に厳しい完璧主義の晴子の精神が、小さな生き物の温もりにより、いっとき和むこともあったのではないか。そうであったらよいと願っている。


岡田由季


【執筆者プロフィール】
岡田由季(おかだ・ゆき)
1966年生まれ。「炎環」同人。「豆の木」「ユプシロン」参加。句集『犬の眉』(2014年・現代俳句協会)。第67回角川俳句賞。ブログ 「道草俳句日記」


【歳時記のトリセツ(6)/岡田由季さん↓】


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年11月の火曜日☆赤松佑紀のバックナンバー】

>>〔1〕氷上と氷中同じ木のたましひ 板倉ケンタ
>>〔2〕凍港や旧露の街はありとのみ 山口誓子
>>〔3〕境内のぬかるみ神の発ちしあと 八染藍子
>>〔4〕舌荒れてをり猟銃に油差す 小澤實
>>〔5〕義士の日や途方に暮れて人の中 日原傳
>>〔6〕枯野ゆく最も遠き灯に魅かれ 鷹羽狩行
>>〔7〕胸の炎のボレロは雪をもて消さむ 文挾夫佐恵
>>〔8〕オルゴールめく牧舎にも聖夜の灯 鷹羽狩行
>>〔9〕去年今年詩累々とありにけり  竹下陶子

【2022年11月の水曜日☆近江文代のバックナンバー】

>>〔1〕泣きながら白鳥打てば雪がふる 松下カロ
>>〔2〕牡蠣フライ女の腹にて爆発する 大畑等
>>〔3〕誕生日の切符も自動改札に飲まれる 岡田幸生
>>〔4〕雪が降る千人針をご存じか 堀之内千代
>>〔5〕トローチのすつと消えすつと冬の滝 中嶋憲武
>>〔6〕鱶のあらい皿を洗えば皿は海 谷さやん
>>〔7〕橇にゐる母のざらざらしてきたる 宮本佳世乃
>>〔8〕セーターを脱いだかたちがすでに負け 岡野泰輔
>>〔9〕動かない方も温められている   芳賀博子

【2022年10月の火曜日☆太田うさぎ(復活!)のバックナンバー】

>>〔92〕老僧の忘れかけたる茸の城 小林衹郊
>>〔93〕輝きてビラ秋空にまだ高し  西澤春雪
>>〔94〕懐石の芋の葉にのり衣被    平林春子
>>〔95〕ひよんの実や昨日と違ふ風を見て   高橋安芸

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔5〕運動会静かな廊下歩きをり  岡田由季
>>〔6〕後の月瑞穂の国の夜なりけり 村上鬼城
>>〔7〕秋冷やチーズに皮膚のやうなもの 小野あらた
>>〔8〕逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子

【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】

>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして    原ゆき
>>〔2〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
>>〔3〕サフランもつて迅い太子についてゆく 飯島晴子
>>〔4〕琴墜ちてくる秋天をくらりくらり  金原まさ子

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹   津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ    榮猿丸
>>〔3〕秋思かがやくストローを嚙みながら 小川楓子
>>〔4〕いちじくを食べた子供の匂ひとか  鴇田智哉

【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】

>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥    橋本鶏二
>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ  京極杞陽
>>〔3〕いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝
>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上     鈴木花蓑

【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】

>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな  飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸     飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり    飯島晴子
>>〔5〕丹田に力を入れて浮いて来い   飯島晴子

【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】

>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず  加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓   加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる  加倉井秋を
>>〔5〕美校生として征く額の花咲きぬ  加倉井秋を

【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】

>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月  杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな   坊城俊樹
>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ   安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希

【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】

>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔2〕未生以前の石笛までも刎ねる    小野初江
>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄      吉村毬子
>>〔4〕星老いる日の大蛤を生みぬ     三枝桂子

【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】

>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲   安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲  宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく     加藤喜代子

【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉      正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな     正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等      野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし   野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海    野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 故郷のすすしの陰や春の雪 原石鼎【季語=春の雪(春)】 
  2. 聴診に一生の秋を聴きにけり 橋本喜夫【季語=秋(秋)】
  3. 昼顔の見えるひるすぎぽるとがる 加藤郁乎【季語=昼顔(夏)】
  4. 春宵や光り輝く菓子の塔 川端茅舎【季語=春宵(春)】
  5. 鳴きし亀誰も聞いてはをらざりし 後藤比奈夫【季語=亀鳴く(春)】…
  6. 逢へば短日人しれず得ししづけさも 野澤節子【季語=短日(冬)】
  7. 真っ白な息して君は今日も耳栓が抜けないと言う 福田若之【季語=真…
  8. 一燈を消し名月に対しけり 林翔【季語=名月(秋)】

おすすめ記事

  1. 冬ざれや石それぞれの面構へ 若井新一【季語=冬ざれ(冬)】
  2. 愛されずして沖遠く泳ぐなり 藤田湘子【季語=泳ぐ(夏)】
  3. 【書評】佐怒賀正美 第7句集『無二』(ふらんす堂、2018年)
  4. 神保町に銀漢亭があったころ【第45回】西村厚子
  5. 家濡れて重たくなりぬ花辛夷 森賀まり【季語=花辛夷(春)】 
  6. 詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女【季語=二月(春)】
  7. 七十や釣瓶落しの離婚沙汰 文挾夫佐恵【季語=釣瓶落し(秋)】
  8. 【春の季語】霞
  9. 動かない方も温められている 芳賀博子
  10. 【夏の季語】筍

Pickup記事

  1. 乾草は愚かに揺るる恋か狐か 中村苑子【季語=乾草(夏)】
  2. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【番外−3】 広島と西東三鬼
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第82回】歌代美遥
  4. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2021年8月分】
  5. 笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第9回】2006年 朝日杯フューチュリティステークス ドリームジャーニー
  6. 古暦金本選手ありがたう 小川軽舟【季語=古暦(冬)】
  7. 黒岩さんと呼べば秋気のひとしきり 歌代美遥【季語=秋気(秋)】
  8. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第42回】 山中湖と深見けん二
  9. 俳句おじさん雑談系ポッドキャスト「ほぼ週刊青木堀切」【#5】
  10. 【春の季語】蛇穴を出る
PAGE TOP