ハイクノミカタ

つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋【季語=雪(冬)】


つはの葉につもりしの裂けてあり

加賀谷凡秋(かがや・ぼんしゅう))


本格的に日や風のにおい、朝の空の色が冬らしくなって、野菜も味が乗ってきて、ラグビーは佳境に。本当に寒さが訪れる前の東京の、このころはまだまだ冬のたのしさ。

なんてことを、去年も、一昨年も言ってたんじゃないかなあという気がしながら書いている。ものの捉えかたなんてものは、案外狭い。

つはの葉につもりし雪の裂けてあり

加賀谷凡秋は明治28年、秋田県横手の生れ。大正9年に東京帝国大学医学部卒業したのち、同大の法医学教室に入る。そこに、数年上級生としていたのが、水原秋櫻子、高野素十など。やがて、「これ等先輩に従ひ」俳句を作り始める。

冬の庭の彩りである石蕗は照りのある花に比べると広い葉を持つ。表には起毛のようなものはなくて、降った雪も少し経てば一部が滑るようにして、残る雪との間に裂けめが現れる。裂け目から見える石蕗の葉に、今現れた日差しが届いて輝くかもしれない。

凡秋の冬の句にはこのようなものも。

水仙の葉に葉かげあり賑はしく

かまきりののり出して居る冬菜かな

残りたる霜や木影とくひちがひ

焚火より煙をひいて蛙飛び

うかみたる筏の間に冬日あり

水仙の葉のほうに目が行くのも冒頭の句と似ていながら、水仙の葉の影の鋭角と雪の裂けめの鋭角、細い冬菜から乗り出す蟷螂の細さ、霜と木影という鋭いもの同士の食い違うさま、焚火の煙を引いて飛び出す蛙、筏と筏に挟まれた水に映る冬日。

なぜか、細いところ狭いところ鋭いところへ目が引き寄せられていく凡秋の視点に成り代われるのは、その句を通して以外にない。俳句って面白いなあ。

週末はこの散らかった部屋を、ちょっと別の視点で眺めてみると、案外それはある調和、あるいは節理の上に成り立つ世界が見えるかもしれないので、まずは寝てみます。

阪西敦子


金曜日の種本はこちら↑(早い者勝ちです)

【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔112〕毛帽子をかなぐりすててのゝしれる     三木朱城
>>〔111〕牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男
>>〔110〕梁折れて頬を打つあり鶉追ふ                三溝沙美
>>〔109〕桔梗やさわや/\と草の雨                楠目橙黄子
>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂
>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵   松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵      真下喜太郎

>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅      關 圭草
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>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
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>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
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>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
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>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
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>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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