かなり思通り生活してすすき 岩田奎【季語=すすき(秋)】

【木曜日】は2か月交代で〈大学俳句会〉のみなさんにご執筆いただいています。「愛媛大学俳句研究会」からのバトンが渡ったのは「北大俳句会えぞりす」小西電波さんです。


かなり思通り生活してすすき
岩田奎
『敵』


小西電波(北大俳句会「えぞりす」・北海道大学短歌会・noi)


 瀬戸 (前略)でも私がいちばん世代の違いを感じるのは歌集に対して売れる売れないっていうものさしが入ってきたところ。資本主義競争が入ってきたのが一番でかいと思う。変化として。

「このゆたかなところへ、遅れてやってきて 対談 乾遥香×瀬戸夏子」『現代短歌』No.102、2024年5月号、61頁

短歌ブームと呼ばれているものは、つまるところ、短歌は商売と友達になりましたってことだと思う。何かの拍子で絶交したらどうしよう。〈短歌は金にならない〉が決まりではなくなって、でも〈短歌は売れる〉までは至っていない。半端な環境のなか、たくさんの賞が開催されてたくさんの本が出版される。でも、短歌のコンテストの賞金が一千万円になることはないし、歌人個人に企業のスポンサーがつくこともない。所詮、その規模のブーム。それを支えてくれているのは、ほかのあらゆるブームと同じで、このコンテンツのある部分に魅力を見出した消費者たちだ。

乾遥香「編集後記に代えて」同96頁


 『現代短歌』No.102(2024年5月号)の特集「Anthology of 40 Tanka Poets selected & mixed by Haruka INUI」から引いた。乾遥香は1996年生。第3回笹井宏之賞大賞、第3回BR賞などを受賞し、論作両輪で活躍している歌人だ。瀬戸夏子は1985年生。こちらも短歌の実作はもちろん、短歌アンソロジー『はつなつみずうみ分光器 after 2000 現代短歌クロニクル』(左右社、2021年)を編んだり、『文藝』2023年春季号の〈特集=批評〉において、水上文とともに責任編集を務めたりするなど、幅広く活動している。
 短歌は、そこそこ流行っている。書店の棚を覗けば、ポップな装丁に彩られた新刊の歌集が所狭しと並ぶ。結社に所属し新人賞を経由して世に出る歌人はもちろん、受賞歴を持たないままに刊行された歌集でヒットを飛ばす歌人も、歌壇の中で一定の存在感を示している。若手の層も厚く、角川文化振興財団の発行する『短歌』では毎年「U-25短歌選手権」が開催されるほどである。
 ひるがえって、俳句はどうだろうか。書店の棚の大部分を占めるのは、句集ではなく作句指南書である。句集の表紙は総じて地味であって、商業的な訴求力に欠ける。無所属という選択を取るプレイヤーはほとんど存在せず、20代で句集を出す俳人はかなり限られる。
 このような現状の中で刊行された岩田奎の第2句集『敵』は、きわめて異質である。表紙の装画は、フリーイラスト素材で知られる「いらすとや」。蛍光ピンクの背景の上に、苺を食べようとする人間のイラストが大きくあしらわれている。帯文を担当しているのは歌人の服部真里子であり、版元は短歌や韓国文学に強い書肆侃侃房。既存の「句集」の形からは大きく逸脱している。「俳句の村」の外に住む人々を強く意識しているように思われる。

. ݁ ˖ ✦ ‧₊˚ ⋅. ݁ ˖

 岩田は1999年生。「群青」「オルガン」に加え、パフォーマンス・コレクティブ「やる」に所属している。2020年に第66回角川俳句賞を最年少で受賞し、第1句集『膚』(ふらんす堂、2022年)では第47回俳人協会新人賞・第14回田中裕明賞を受賞するなど、若手俳人のスターとも言える立ち位置である。今年の「Forbes 30 UNDER 30 ASIA」にも選出されている。
 『敵』の特筆すべき特徴のひとつに、その組版がある。各頁には原則として3句が行長均等組で掲載されているが、その下部に、横書きローマ字で振り仮名が付されているのだ。岩田は角川俳句賞を受賞した際、インターネット上に「俳人じゃないけど角川俳句賞受賞作を読んでくださるという方への、おこがましい手引き」(note、2020年10月23日)と題された記事を発表し、人口に膾炙していない語句について注を付している。俳句という詩形が持つ難しさを〈メタ的〉に認識し、アウトサイダーにとっての障壁を取り除くことを試んできた作家であるが、今回の句集における組版は、その進化形と位置付けることができよう。
 最近はインターネット上に発表した俳句に振り仮名を振る試みも見られるが(例として、ちねんひなたのnoteを挙げることができる)、振り仮名は「読める人」にとってのノイズたりうる。また、個人サイトでは振り仮名の有無を選択できるつくりになっているものもあるが(たとえば、池田宏陸のサイトでは「ルビON/OFF」のボタンがある)、これを紙の書籍で実現することは非現実的である。振り仮名の導入には様々な難しさが付きまとうが、『敵』においては、「見栄え/デザイン性」と「アウトサイダーへの親切さ」とが両立されているのだ。
 特徴的なのは、外来語に付する振り仮名の表記である。〈星祭われら虚業のビル灯す〉の句には〈Hoshimatsuri warera kyogyō no building tomosu〉と添えられている。「ビル」の2モーラと「building」の2音節では、韻律面で受ける印象が大きく異なる。現句の読み方の精確な伝達を優先するならば、「biru」と振るのが普通だろう。しかし、岩田は元の言語における表記を優先している。また、〈殺すツポレフ運ぶツポレフ春来る〉の句には〈Korosu Туполев hakobu Туполев haru kitaru〉という振り仮名が与えられている。「ツポレフ」はロシアの航空機製造会社であって、「Туполев」はそのロシア語表記である。この句集を読む人の多くはキリル文字に馴染みがないであろうが、あえてロシア語を優先しているのである。

. ݁ ˖ ✦ ‧₊˚ ⋅. ݁ ˖

『敵』は俳句の立ち位置を〈メタ的〉に分析したうえで、そのプレゼンス向上を強く意識した句集だ。〈メタ認知〉の視点は、それぞれの句にも見いだされる。

  意味のないかずかずの花火を御覧
  この感情ずいぶん受験にてつくられ
  かなり思通り生活してすすき
  四大を出て緑陰をいくつ過ぎ
  私立の子しばらくゐたり地蔵盆

 1句目、確かに花火とは虚無である。美しい光はせいぜい十数秒しか持続せず、残されるのは真っ暗闇だけだ。花火を鑑賞したところで、人間が物質的充足を得ることはない。その事実を提示したうえで、「花火を御覧」と呼びかける主体。いささか露悪的なようにも思われる。
 2句目は昨今の〈学歴社会〉を鮮やかに描写した一句。河合塾の偏差値ランキングによって形成されてしまった、歪んだ価値観。主体は自分自身に宿る「この感情」を引き受けつつ、その背景にある事情を冷静に見つめる。
 人間は往々にして貪欲な生き物であるが、3句目では自分自身が社会的に恵まれた身分にあるという認識が示される。しかし「すすき」という寂しげな季語と取り合わされているあたり、そこに享楽性を見いだすことはできない。むしろ、社会構造に対する冷めた視線を感じる。
 4句目は「四大を出て」という把握が新鮮だ。「四大」(四年制大学)を卒業したかどうかという社会的な身分を強く意識している主体が浮かび上がってくる。5句目の「私立の子」というのも、社会的なラベリングである。

. ݁ ˖ ✦ ‧₊˚ ⋅. ݁ ˖

 また、現代社会を鮮やかに切り取った句も印象的だ。美しさに溢れているとは言い難いこの世界を、主体は、私たちは、生きている。

  泡立草何のレビューも書かず暮す
  星祭われら虚業のビル灯す
  石炭がつかのま採れて牧師すむ
  pedia, pedophiliaと梅を探るなり

 1句目、レビューを書くという行為は、製品・サービスの消費とセットである。「レビューも書かず暮す」というのは、購買を煽る資本主義社会に対してのささやかな抵抗とも読める。あるいは、自分の著したレビューが社会的な影響力を持ちうると信じるだけの無邪気さを失ってしまったのかもしれない。
 2句目、岩田は大手広告代理店にコピーライターとして勤務しているという。七夕伝説という虚構に基づいた「星祭」と、「虚業」をこなすために消費され続けるエネルギー。人間社会の空虚さを冷やかに見つめている。
 3句目は炭鉱開発に伴って栄えた町に教会が建てられたという景だろうか。宗教さえも、資本主義と接続していくのだ。
 4句目では、辞書(pedia)で「梅(plum)」の項を探っているのだろう。その過程で目に入る「pedophilia(小児性愛)」という文字列。この句において、主体はpedophiliaに対する評価を与えていない。ただその存在を記述するだけである。
 総じて指摘できるのは、我々を取り巻く環境に対する冷めた視線である。社会は私たちを呑みこんでゆくばかりであって、個人は無力である。そんな虚無感は、自分自身をメタに認知してしまうことに起因するのかもしれない。



 『敵』は、俳句という文芸の立ち位置をメタに捉えたうえで、資本主義との接続を試みた句集である。岩田奎は、俳句というゲームを変えようとしている。では、私たちは?

小西電波


【サークルプロフィール】
北大俳句会「えぞりす」
2021年設立。北海道にゆかりのある大学生・短大生・専門学生によって構成されている。年2回刊の有志機関誌『旗手』を発行(オンライン販売はhttps://hokudaihaiku.booth.pm/)。文学フリマ東京43(2026年11月8日)に出店予定。
Eメール:haiku.ezorisu@gmail.com
X:https://x.com/hokudaihaiku
Instagram:https://www.instagram.com/hokudai_haiku/


【執筆者プロフィール】
小西電波(こにし・でんぱ)
2007年生。北大俳句会「えぞりす」・北海道大学短歌会・noi。中北海道現代俳句協会会員。第12回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門選外佳作。学生短歌会合同夏合宿2026幹事代表。


関連記事