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鹿の映れるまひるまのわが自転車旅行 飯島晴子【季語=鹿(秋)】


鹿の映れるまひるまのわが自転車旅行)

飯島晴子

 鹿が映るということの実体がなんなのかは明らかではないが、私には、水面に鹿が映るようにも、風の中に鹿が浮かび上がるようにも、また高速で坂をくだる自転車の車輪がぴかぴかの面をなし、そこに鹿が見えてくるようにも思われる。金属質な自転車と、柔らかく毛羽立つ鹿との質感の対比もまたよい。それらが、まひるまの光の中でそれぞれに輝くのである。

 掲句は、一読なんとなく奈良のイメージと飛鳥のイメージが組み合わさって、漠然と収穫期の飛鳥を自転車でかけおりるところを想像していた。この長い一句には、どこかそういう疾走感と、込み入った神話的な雰囲気が漂う。しかしその神話にどっぷり浸かるのではないというところもまた晴子らしい。土地の神話や風俗、そして畏れということを重視した晴子であるが、その神話を肯定し、祝福することは俳句の役割ではない。あくまでそれに拮抗するような力を導入することにより、俳句になるのである。「わが自転車旅行」という、いかにも近代文明的な、そして理知的な要素によって、「鹿の映れる」ということの神話性に抵抗しているのだと思う。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔30〕鹿や鶏の切紙下げる思案かな 飯島晴子
>>〔29〕秋山に箸光らして人を追ふ 飯島晴子
>>〔28〕ここは敢て追はざる野菊皓かりき 飯島晴子
>>〔27〕なにはともあれの末枯眺めをり 飯島晴子
>>〔26〕肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子
>>〔25〕けふあすは誰も死なない真葛原 飯島晴子
>>〔24〕婿は見えたり見えなかつたり桔梗畑 飯島晴子
>>〔23〕白萩を押してゆく身のぬくさかな 飯島晴子
>>〔22〕露草を持つて銀行に入つてゆく 飯島晴子
>>〔21〕怒濤聞くかたはら秋の蠅叩   飯島晴子
>>〔20〕葛の花こぼれやすくて親匿され 飯島晴子
>>〔19〕瀧見人子を先だてて来りけり  飯島晴子
>>〔18〕未草ひらく跫音淡々と     飯島晴子
>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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