怒濤聞くかたはら秋の蠅叩 飯島晴子【季語=秋(秋)】


怒濤聞くかたはら秋の蠅叩)

飯島晴子

 怒濤のとらえどころのない量感と、蠅叩、しかも秋の蠅叩のシャープなさびしさとの対比。断続的ながらもずっと続く波音と、蠅を叩く一瞬の音との対比。対照的ながら、「怒」「叩」の負の印象が重なる点も面白い。「秋の蠅叩」には「秋の蠅」の感じと、例えば捨扇のような「道具」としての感じとの両方があると思う。「蠅叩」に含まれる夏の力強さのようなものを「秋の」で中和しており、馴染むような、それでもやはり異質さが残るようなところに緊張感が生じる。普通に考えれば「蠅叩」が「秋」に規定されるという構図なのであるが、逆はどうだろう。つまり、「蠅叩」のある「秋」とはどのような秋だろう、と、「秋」が「蠅叩」に規定されるという構図を考えてみても良いのである。すると突然、秋という大きなものが、蠅叩という小さなものによって支配されるような感覚が生じる。この短い一句の中に、強い力がゆきわたりはじめるのである。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔20〕葛の花こぼれやすくて親匿され 飯島晴子
>>〔19〕瀧見人子を先だてて来りけり  飯島晴子
>>〔18〕未草ひらく跫音淡々と     飯島晴子
>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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