【連載】落語と俳句 行ったり来たり/三橋五七【第5席】


【第5席】
怖いのは幽霊よりも人間

化物の正体見たり枯れ尾花  横井也有


俳句の世界は既に秋ですが、寄席の世界はまだ夏です。8月いっぱい、そして残暑厳しい近頃は9月にもよく高座に掛かるのが「怪談噺」。幽霊、化け物などの怪異のものが登場する演目です。怪談とはいえ、そこは落語。寄席でよく掛かるのは「お菊の皿」や「お化け長屋」などの滑稽噺です。お化けは出てくるけれど、怖くない。むしろ、登場人物が怪異に驚き慌てふためく姿や、幽霊のあまりに人間臭い言動を笑うお話になっています。恐怖がもたらす緊張と、それが解けたときの弛緩とのギャップが大きな笑いを生むのです。
 
では、俳句で幽霊はどう詠まれているでしょうか。

  コカコーラ持つて幽霊見物に 宇多喜代子
  幽霊が写って通るステンレス 池田澄子
  幽霊が出る理科室も夏休 三村純也
  いうれいは給水塔を見て育つ 鴇田智哉

コカコーラ、ステンレス、夏休、給水塔。よく知られる幽霊句を並べると見事に現代の生活に寄り添っています。幽霊は私たちのすぐ隣で暮らす同類のように詠まれている。これは落語における人間臭い幽霊の描き方とよく似ています。
もちろん、落語の世界には、ちゃんと怖い幽霊も登場します。落語中興の祖と言われる三遊亭圓朝作の怪談噺がその代表で、「怪談牡丹灯籠」「真景累ヶ淵」など多くの名作が今に伝わっています。

このタイプの怪談噺の特徴は長さと言えるでしょう。岩波文庫の「怪談牡丹灯籠」は280ページ、「真景累ヶ淵」にいたっては400ページという長編です。圓朝作に忠実に全段演じようとしたら、ともに数十時間を要します。なので全段を演じる落語家も、すべてを聴いたことがある落語ファンもほぼ皆無。「牡丹灯籠」や「真景累ヶ淵」の長いストーリーの一部を抜き出して演じるというのが普通です。
しかし、かつては違っていました。
冷房のない時代、夏場の寄席通いは敬遠されがちでした。そこで背筋をぞくっとさせる怪談噺を毎晩語り継ぎ、続きが気になる観客を寄席に通わせ続けるという作戦を取っていました。

「半七捕物帳」で知られる岡本綺堂は、圓朝自身の高座に触れた体験をこう記しています。


円朝がいよいよ高坐にあらわれて、燭台の前でその怪談を話し始めると、私はだんだんに一種の妖気を感じて来た。満場の聴衆はみな息を嚥んで聴きすましている。伴蔵とその女房の対話が進行するにしたがって、私の頸のあたりは何だか冷たくなって来た。周囲に大勢の聴衆がぎっしりと詰めかけているにも拘らず、私はこの話の舞台となっている根津のあたりの暗い小さい古家のなかに坐って、自分ひとりで怪談を聴かされているように思われて、ときどきに左右を見返った。(中略)席の刎たのは十時頃、雨はまだ降りしきっている。私は暗い夜道を逃げるように帰った。

(「寄席と芝居と」岡本綺堂著、青空文庫)


「伴蔵とその女房」「根津」といった言葉から綺堂が接したのは「牡丹灯籠」の中で最も人気ある「お札はがし」の段と思われます。綺堂が翌日以降も寄席に通ったかどうかは記していないため分かりませんが、その高座の妖気は十分に伝わってきます。綺堂はさらにこう続けます。

時は欧化主義の全盛時代で、いわゆる文明開化の風が盛んに吹きまくっている。学校にかよう生徒などは、もちろん怪談のたぐいを信じないように教育されている。その時代にこの怪談を売り物にして、東京じゅうの人気をほとんど独占していたのは、怖い物見たさ聴きたさが人間の本能であるとは云え、確かに円朝の技倆に因るものであると、今でも私は信じている。

(同)


注目したいのが、「怪談のたぐいを信じないように教育されている」という一文です。綺堂が圓朝の「お札はがし」に接した明治半ば、幽霊は旧時代の遺物であり、排すべき迷信だったのです。圓朝の怪談噺の長さは、この社会背景と強く結びついています。

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