【林檎の本#9】ヤマザキマリ/ラテン語さん『座右のラテン語 人生に効く珠玉の名句65』


 久々に「珠玉の名句(俳句ではない方)」と銘打った本を読んでワクワクした。学生時代まではこの手の本も純粋に楽しめたが最近ではだいたい聞いたことがありそうで読書欲が刺激されなかった。装画を手掛けたのはヤマザキマリさん。これは読みたくなる…。
 知っているラテン語といえば” Cogito ergo sum”(コギト・エルゴ・サム=我思う、ゆえに我あり)と” Memento mori”(メメント・モリ=死を想え)くらいのもの。しかし、なぜそれらは日本語ではなくラテン語とセットで定着したのだろう。日本語の韻文的表現だけでは掬いとれないニュアンスをラテン語の響きが助けているのではなかろうか。
 日頃そんなことを考えている私にはストレートに入ってくる構成だった。ラテン語と日本語訳の提示、その言葉をもとにした対談。その対談も自身の経験や直近の世界情勢を関連づけているので実感として入ってきやすい。
 知らないながらラテン語を一応読んでみる。ラテン語の発音はおおむねローマ字通りのようなのでなんとなく読める。意味を照合すると「やはり」ということが多く、パズルを解いたような気分になる。
 たとえば”vivere est cogitare”の意味は「生きることは考えることである」。vivereはフランス語のvivre(生きる)と酷似しているから「生きること」に違いない。estはどう考えてもフランス語のest(英語のbe動詞)だ。cogitareはコギト・エルゴ・サムのcogitoの派生形に違いない。そんなことに小さな興奮を覚えながら対談を読むと、考えることについて人類史・近代史・古代ローマ史と照らし合わせながら語っている。その一章を読むだけで大いなるものを獲得した心地であった。
 もう1つだけ紹介したい。”tempus omnia medetur”(テンプス・オムニア・メデートゥル=時間がすべてを解決する)には<時ものを解決するや春を待つ 虚子>に通じるものがある。ラテン語を経由して俳句に回帰し、一人ニヤついてしまった。

(吉田林檎)


【林檎の本 #9】
『座右のラテン語 人生に効く珠玉の名句65』SBクリエイティブ刊
(2025年)

著者:ヤマザキマリ
漫画家・随筆家。東京造形大学客員教授。日本女子大学特別招聘教授。1967年東京都生まれ。84年にイタリアに渡り、美術史・油絵を専攻。代表作『テルマエ・ロマエ』『プリニウス』(とり・みきと共作)で受賞多数。15年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
ラテン語さん
ラテン語研究者。1992年栃木県生まれ。東京外国語大学外国語学部欧米第一課程英語専攻卒業。東京古典学舎の研究員。高校生でラテン語の学習を始め、2016年から X(@latina_sama)にてラテン語の魅力を毎日発信。初著書『世界はラテン語でできている』が話題になった


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。


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