父とわれありしごとくに子と端居 大橋櫻坡子【季語=端居(夏)】


父とわれありしごとくに子と端居
大橋櫻坡子

 端居というものを、日常生活のなかでしたことはない。記憶にある限り縁側のある生活をしたことがないからだ。夏休みに訪れた親戚の家で縁側に座ることくらいはしたであろう。しかしそれは非日常の体験なのである。
 俳句を始めてからは縁側を見つけると「端居ってこんな感じかしら?」と座ってみたりはするが、私にとっての端居像は昔観たドラマの中で生成されているように思う。それでもしたような気になっているのだから間接体験はおろそかにできない。
父と子の端居。少し前はとても想像できなかったが今では仲良しの親子が多いようなので縁側があれば並んで座っている父息子も珍しくはなさそうである。ただし、その縁側のある家自体がすっかり減っているので望みはうすい。
 今回とりあげる句の作者は大橋櫻坡子 (おおはし・おうはし)。この姓号を見たら「大(おお)」と「櫻(おう)」の違いを思わずにはいられない。いずれも「おお」と発音するが、「大」はかつて「おほ」であり、「櫻」はかつて「あう」であった。
 作者の父の時代なら自分の名前をひらがなで書く時には「おほはし」であったはずである。「櫻坡子」は俳号なので晩年の父が知ることがあったかどうか。
 明治生まれの櫻坡子なら子どもの頃自分の名前を「おほはし」と書いたこともあっただろうか。自身が父となってからは「大橋」一択。子は「おおはし」から「大はし」を経て「大橋」と書いたに違いない。
      父とわれありしごとくに子と端居
 わが子との端居をしつつ自分が子供だった頃父と端居していた時間に思いを巡らせている。櫻坡子は20歳で父を失った。父になり、子への思いを知った時には父がいないという事実を淡々と描いている。
 端居そのものは一人であるいは誰かと並んで座るだけなのでそれほどパターンはないが、誰とどのような気持ちで端居したのかは千差万別。それだけに端居の句には心情が反映されやすい。
 ある一瞬を切り取ることによって父と過ごした時間、子と過ごす時間が表出される。30~40年ほど隔てているだろうか。近しい人を悼む気持ちは生活の中で不在を感じる瞬間に訪れる。できることなら父に「こんな風に並んで端居しましたね」と伝えたかったことだろう。
 ややこしい技巧を駆使することなく平易な言葉を使いながらある父子像を描いており、心を揺さぶってくる一句である。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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