ハイクノミカタ

耳飾るをとこのしなや西鶴忌 山上樹実雄【季語=西鶴忌(秋)】


耳飾るをとこのしなや西鶴忌

山上樹実雄
(『四時抄』)

 思春期の頃、少女のような顔をした男の子が好きだった。痩身で色白の整った顔立ちは守ってあげたくなると同時に自分自身の理想像でもあった。諍いを好まない繊細な性格も優しい言動もそうなりたい自分の姿であり、憧れとも恋情ともつかない想いをぶつけた。優しいがゆえに優柔不断。恋になりそうでならないもどかしさを感じるようになる。やがて強引な俺様タイプの男性に惹かれるようになり、傷つき、慰めて貰う存在になった。美少年に対して、自己投影をしていたためであろうか。恋にはなり得なかった。相手もまた、私の攻撃的な一面に距離を置いていた。

 中学時代に愛読していた漫画には、か弱き美少年が親友を守るために秘めていた能力を発揮し闘う物語があった。普段は絶対的な強さを誇るクールな親友に守られている。か弱き美少年もクールな親友もどちらも好きであった。二次創作の同人誌では、その二人の恋愛模様が描かれ、ドキドキしながら読んだ。いわゆるヤオイ漫画である。現在でいうところのボーイズラブの漫画の魅力は、男性には理解しがたいものであろう。だが女性には、二度美味しい。美少年は、自身の理想であり、クールな強さを持つ男性もまた憧れの対象である。憧れの男性同士の恋は、どちらの言動にも胸が躍ってしまう。襲いたい願望と襲われたい願望が一度に解消される。女性の持つ不可思議な欲求を叶えてくれる空想世界である。

 大学生の頃、美少年ではないのだが、繊細な精神を持つ男の子と仲良くなった。繊細であるがゆえに詠める詩がある。お互いにナルシシズム全開の詩を披露し合って笑った。一緒に映画も観たし、海も見た。いつ恋が始まってもおかしくはなかった。ある時「ピアス穴開けて欲しいんや。あんたに」と言われた。さらには「俺、童貞やから、純潔を奪うぐらいの気持ちでぐいと頼むわ」とまで言う。私は、高校卒業と同時に自分でピアス穴を開けた。本来であれば皮膚科やピアス穴開け機で施術するべきなのだが、裁縫用の針で開けた。逡巡している時間に比べると痛みを感じる時間は短かった。良い子は真似をしてはいけない。自分の身体を針で刺す勇気とは違う勇気が要るため断ったのだが、繊細な学友は「母はな、俺より妹ばかり可愛がっていて、妹に言われるがままにピアス穴開けてやってたんや。俺も頼むわって言うたら、穢らわしいものを見るような眼で睨まれたわ。あんたも母のように俺が嫌いなんか」。そう言われても出来ないことはできない。ピアス穴を開けた自分を棚に置いて「身体を傷つけるような行為はしないで」と言った。私も彼も親に対する反抗心があった。だから、身体に傷をつけたかったのだろう。自分の耳に針を通せる勇気がない男の子は、その時点で恋ではなくなった。だがその後、私の勧めたピアス穴開け機で施術し、アクセサリー売り場でピアスを選び合うようになった。喫茶店で、購入したピアスを付けて「どう?」と言う仕草は、私にはないセクシーさがあった。彼は、女の子も男の子も好きで、相手に対して示す友情は重たい。純粋な人なのだと思う。

  耳飾るをとこのしなや西鶴忌  山上樹実雄

 西鶴忌は、旧暦の8月10日。新暦では、9月の終わり。秋思の風が吹く頃である。井原西鶴の『男色大鑑』は、武士の男同士の絆や歌舞伎の若衆の恋模様を描いた。子を為さない男同士の恋は、命がけである。元服前の美少年は、年上の男性と関係を持ち、後ろ盾になって貰う。時には、美少年を巡って決闘となることも。物語の中の美少年は儚げで、死をもって恋の罪を償うことが多い。

 美の究極を求めてゆくと、女性よりも男性の方が美しいという。男尊女卑を否定する今の世でも、男性の美しさは女性を超える。美少年は、大人の男性や女性の美しさに憧れその所作を学ぶ。美少年の持つナルシシズムは完璧のため女性よりも美しく魅せる演出ができるのであろう。

 ホストに嵌っている友人の誘いでホストクラブに行ったことがある。初回は、5千円で朝まで飲める。指名ホストのいない私には、10分置きぐらいで入れ替わり立ち替わり男性が席に着き自分をアピールしてゆく。最後に送り指名とやらをしなければならないのだが、全員美形のため誰が誰なのか覚えていない。テーブルに置かれた名刺を確認していたら、ピアスの刺さった名刺があった。少し長めの髪に銀とトルコ石の光るピアスをしていたホストだ。一生懸命話す男性だったが、ピアスの揺れが気になって仕方がない。視線に気づいたのか「このピアス良いでしょ」と言って外してくれた。「どこで買ったの」と聞くと「あげる」と言う。驚いて断ったが、名刺に刺して席を立っていった。ピアスを外す時の所作の美しさを思い出して送り指名とした。エレベーターの前でピアスを返そうとすると「返しにきてよ」と耳元で囁く。恋の営業も見事。一度だけ逢いに行った。指名有りでセット料金1万円。少々高いのだが、美容師として独立するための資金を作るためにホストをしていることなども聞くことができた。美意識の高さや独創性など俳句を詠む私とは気が合うと思った。でもそれっきり。ホストの名刺の裏には彼の勤める美容院の住所が手書きで書かれていた。髪の悩みとかも聞いてくれていたので、逢いに行こうと思えば逢える男性だった。束の間の疑似恋愛的な楽しさはあったが、友人として出逢いたかった。

 秋風が冷やかに吹く夕暮れになると、美を商売とするホストの髪より垣間見えた頼りない耳たぶを思い出してしまう。彼はきっと男性にもモテるんだろうな。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】
>>〔110〕昼の虫手紙はみんな恋に似て 細川加賀
>>〔109〕朝貌や惚れた女も二三日 夏目漱石
>>〔108〕秋茄子の漬け色不倫めけるかな 岸田稚魚
>>〔107〕中年や遠くみのれる夜の桃 西東三鬼
>>〔106〕太る妻よ派手な夏着は捨てちまへ ねじめ正也
>>〔105〕冷房とまる高階純愛の男女残し 金子兜太
>>〔104〕白衣とて胸に少しの香水を   坊城中子
>>〔103〕きつかけはハンカチ借りしだけのこと 須佐薫子
>>〔102〕わが恋人涼しチョークの粉がこぼれ 友岡子郷
>>〔101〕姦通よ夏木のそよぐ夕まぐれ  宇多喜代子
>>〔100〕水喧嘩恋のもつれも加はりて   相島虚吼
>>〔99〕キャベツに刃花嫁衣裳は一度きり 山田径子
>>〔98〕さよならと梅雨の車窓に指で書く 長谷川素逝
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>>〔96〕虎の尾を一本持つて恋人来    小林貴子
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>>〔94〕五十なほ待つ心あり髪洗ふ    大石悦子
>>〔93〕青い薔薇わたくし恋のペシミスト 高澤晶子
>>〔92〕恋終りアスパラガスの青すぎる 神保千恵子
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>>〔52〕ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき  桂信子
>>〔51〕夏みかん酢つぱしいまさら純潔など 鈴木しづ子
>>〔50〕跳ぶ時の内股しろき蟇      能村登四郎
>>〔49〕天使魚の愛うらおもてそして裏   中原道夫
>>〔48〕Tシャツの干し方愛の終わらせ方  神野紗希
>>〔47〕扇子低く使ひぬ夫に女秘書     藤田直子
>>〔46〕中年の恋のだんだら日覆かな    星野石雀
>>〔45〕散るときのきてちる牡丹哀しまず 稲垣きくの
>>〔44〕春の水とは濡れてゐるみづのこと  長谷川櫂
>>〔43〕人妻ぞいそぎんちやくに指入れて   小澤實
>>〔42〕春ショール靡きやすくて恋ごこち   檜紀代
>>〔41〕サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓


>〔40〕さくら貝黙うつくしく恋しあふ   仙田洋子
>〔39〕椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ 池田澄子
>〔38〕沈丁や夜でなければ逢へぬひと  五所平之助
>〔37〕薄氷の筥の中なる逢瀬かな     大木孝子
>〔36〕東風吹かば吾をきちんと口説きみよ 如月真菜
>〔35〕永き日や相触れし手は触れしまま  日野草城
>〔34〕鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし    三橋鷹女
>〔33〕毒舌は健在バレンタインデー   古賀まり子
>〔32〕春の雪指の炎ゆるを誰に告げむ  河野多希女
>〔31〕あひみての後を逆さのかいつぶり  柿本多映
>〔30〕寒月下あにいもうとのやうに寝て 大木あまり
>〔29〕どこからが恋どこまでが冬の空   黛まどか
>〔28〕寒木が枝打ち鳴らす犬の恋     西東三鬼
>〔27〕ひめはじめ昔男に腰の物      加藤郁乎
>〔26〕女に捨てられたうす雪の夜の街燈  尾崎放哉
>〔25〕靴音を揃えて聖樹まで二人    なつはづき
>〔24〕火事かしらあそこも地獄なのかしら 櫂未知子
>〔23〕新宿発は逃避行めき冬薔薇    新海あぐり
>〔22〕海鼠噛むことも別れも面倒な    遠山陽子
>〔21〕松七十や釣瓶落しの離婚沙汰   文挾夫佐恵

>〔20〕松葉屋の女房の円髷や酉の市  久保田万太郎
>〔19〕こほろぎや女の髪の闇あたたか   竹岡一郎
>〔18〕雀蛤となるべきちぎりもぎりかな 河東碧梧桐
>〔17〕恋ともちがふ紅葉の岸をともにして 飯島晴子
>〔16〕月光に夜離れはじまる式部の実   保坂敏子
>〔15〕愛断たむこころ一途に野分中   鷲谷七菜子
>〔14〕へうたんも髭の男もわれのもの   岩永佐保
>〔13〕嫁がねば長き青春青蜜柑      大橋敦子
>〔12〕赤き茸礼讃しては蹴る女     八木三日女
>〔11〕紅さして尾花の下の思ひ草     深谷雄大
>>〔10〕天女より人女がよけれ吾亦紅     森澄雄
>>〔9〕誰かまた銀河に溺るる一悲鳴   河原枇杷男
>>〔8〕杜鵑草遠流は恋の咎として     谷中隆子
>>〔7〕求婚の返事来る日をヨット馳す   池田幸利
>>〔6〕愛情のレモンをしぼる砂糖水     瀧春一
>>〔5〕新婚のすべて未知数メロン切る   品川鈴子
>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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