
勉強部屋覗くつもりの梨を剝く
山田弘子
勉強する場所にも時代性がある。以前はこんなにカフェやファーストフードで勉強していただろうか?私の高校時代にはそんなことは考えもつかなかった。家、図書館、自習室などといったところ。
いくらカフェに人気があるといってもさすがに高校生が毎日スターバックスに行けるかということには疑念がある。実際図書館に行ってみると生徒から大人まで自習スペースはびっしりだ。都心の図書館は22:00までやっているところもあるので自習スペースとしてもありがたい。
受験勉強は大変だったが、勉強は努力が数値化されるのでやりがいがあった。テストがなくなると努力は数値化されないし、そもそもその努力が合っているのかどうかもわからない。自分の信じたことをコツコツ積み上げていくしかなくなった。
そういえば運転免許をとった時「合格おめでとう」と言われたのは嬉しかった。社会人になってからというもの、言うことはあっても決して言われたことのなかった言葉だ。
勉強部屋覗くつもりの梨を剝く
子ども部屋ではなく勉強部屋。あえて6音の字余りにして後者を選んでいる。子ども部屋はいつでも子ども部屋だが、勉強部屋と呼べるのは勉強する期間だけだ。そこから、受験期の子どもが想像される。
勉強部屋の子どもの様子を見る口実を作っている。剝いている人は家族でも、あるいは同居している誰かでも成立するが、やはり一番に思い浮かぶのは母。勉強部屋を覗きたがる心情に母親らしさを感じる。
子どもは勉強しているとは限らないが、何かに熱中していることは間違いないだろう。剥いた梨を持って部屋を訪れた瞬間ではなく、その前段階の梨を剥く行為を切り取っている点が良い。最も心たかぶる時間だからだ。「梨を剥く」のしめくくりが梨の汁をたっぷり感じさせる余韻を生んでいる。
梨は「切る」「割る」より「剥く」で詠む方が主流だ。梨の皮は必ず剥いて食べるからそうする必然性がある。そして最も汁を感じさせる。剥いているあいだに梨からこぼれる汁はもちろんのこと、食べる時にこぼれる汁、口の中にひろがる汁もそこには含まれる。「切る」「割る」だけではまだ食べられる段階になく、断面図もさほどきりっとしたものにはならず、梨の魅力を引き出すのが難しい。
母と子の関係の図式として少々古風にも感じるが、母親の心情を表す行為としては普遍性がある。持って行った時の子の反応はどうだったのか、解釈を語り合うのも楽しそうだ。
『螢川』(2003年刊)所収。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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