
息つぎに太陽を飲む泳ぎかな
成田一子
東京四季出版からこの7月『続続 現代の俳人像』が刊行された。
「俳句四季」の連載<今月の華>に掲載された170人の記事が収録されている。私も170分の1で入れていただいていて、気後れしつつも嬉しい限り。
写真とエッセイと一句が載っているのでよく総合誌で拝見する方のお顔や文章に触れることができて資料としてもありがたい。写真掲載の「私の愛蔵品」にはその人の個性がにじみ出ている。管理人さんも載っています。
本日はその中からの一句を。
息つぎに太陽を飲む泳ぎかな
いつのまに息つぎをしたのだろうと思わせるような動きの流れ。泳ぎの息つぎではクロールのものが最も美しい。
水泳部だった家人の話によるとクロールで息つぎをするには理想の形がある。口の半分しか水上に出さないこと。目線を足元の方に向けることで口から水が入ってくるのを防ぐ。以上2点。
確かに競技水泳でよく見るのはこちらの方だ。理屈はわかるが自分がこのやり方を駆使して息つぎを出来るような気はしない。美しさを感じるのはさりげなく展開されるこの技ゆえなのかもしれない。
「息つぎに太陽を飲む」となると相当しっかりと息つぎをしていて、スピードが求められるタイプの泳ぎではない。『続続 現代の俳人像』掲載の自註によると小学五年生の時に男子児童の泳ぎをプールサイドから見た記憶がずっと残っていてこの句になったとのこと。息つぎのたびに彼の口はがばりと開いたのだそうだ。
「太陽を飲む」から連想する泳ぎそのものである。息つぎなのだから空気を吸っているはずなのだが作者は何かを飲み込んでいると感じた。その感覚が熟成されて一句に集約されたのだ。端的な描写に生命力があふれ出している。
作者とこの男子児童の泳ぎをめぐる描写はなかなかアツいので是非本書をお読みいただきたい。
タイトルから推察できる通り『続続 現代の俳人像』は正編、続編に続く3冊目。正編には「戦中・戦後生れ篇」のサブタイトルがあり、金子兜太、鷹羽狩行、森澄雄など大御所たちが名を連ねている。続編もしかり。すべて同じフォーマットになっていて読みやすい。この2冊も今入手しやすくなっていることを申し添えておきたい。
すっかり広告めいた記事になってしまいましたが、いわゆる「案件」ではありません。
『続続 現代の俳人像』(2026年刊)所収。(初出:「俳句四季」2022年2月号)
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】

【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔210〕泳ぐなりかつては鰭の手足もて 矢島渚男
>>〔209〕水羊羹交はすことのは美しく 伊藤敬子
>>〔208〕名を忘れ香水の名を忘れざる 西生ゆかり
>>〔207〕鉄棒に片腕絡め夕涼し 大久保昇
>>〔206〕二日目は違ふ人立つ夜店かな 阿部知代
>>〔205〕父とわれありしごとくに子と端居 大橋櫻坡子
>>〔204〕【林檎の本#7】中村恵『難民に希望の光を 真の国際人緒方貞子の生き方』
>>〔203〕傘寿とて緑陰力の身につきし 宮坂静生
>>〔202〕柿若葉廊下つめたく拭き上げて 坂本宮尾
>>〔201〕声かけし眉のくもれる薄暑かな 原裕
>>〔200〕花衣ぬぐやまつはる紐いろ〳〵 杉田久女
>>〔199〕古き書と旅してゐたり亀鳴けり 廣瀬町子
>>〔198〕落ちさうに咲き咲くやうに落椿 田丸千種
>>〔197〕バスを待つ人と桜を仰ぎをり 黛まどか
>>〔196〕車座にひとり見知らぬ花衣 土肥あき子
>>〔195〕ひとひらの花と乗りたる無人駅 歌代美遥
>>〔194〕地を歩く小鳥の逃げぬ遅日かな 遠藤由樹子
>>〔193〕火の中に草立ち上がる野焼かな 亀井雉子男
>>〔192〕春暁の眠るでもなき刻しばし 吉田成子
>>〔191〕己が傷を舐めて終りぬ猫の恋 清水基吉
>>〔190〕ドッジボールずどんとバレンタインの日 なつはづき
>>〔189〕裏返へりては春の水らしくなり 山口昭男
>>〔188〕【林檎の本#6】川添愛、ふかわりょう『日本語界隈』
>>〔187〕焚火する声が大きくなつてゆく 廣瀬悦哉
>>〔186〕丹頂のくれなゐ黒き寒さかな 飯島晴子
>>〔185〕冬の月かたちあるもの照らしけり 福島せいぎ
>>〔184〕お降りといへる言葉も美しく 高野素十
>>〔183〕駅で飲むコーンスープや十二月 白井飛露
>>〔182〕しぐるるや駅に西口東口 安住敦
>>〔181〕朝の庭けふの落葉のために掃く 片山由美子
>>〔180〕小春日や石を噛み居る赤蜻蛉 村上鬼城
>>〔179〕【林檎の本#5】『会話の0.2秒を言語学する』(新潮社、2025年)
>>〔178〕能登時雨見たさに来る雨男 森羽久衣
>>〔177〕掌に猫が手を置く冬日かな 対中いずみ
>>〔176〕行く秋や抱けば身にそふ膝頭 太祇
>>〔175〕蛇口みな運動会の空を向く 堀切克洋
>>〔174〕うなじてふ寂しきところ稲光 栗林浩
>>〔173〕ぬかるみか葛かわからぬものを踏む 板倉ケンタ
>>〔172〕大鯉のぎいと廻りぬ秋の昼 岡井省二
>>〔171〕紙相撲かたんと釣瓶落しかな 金子敦
>>〔170〕蜻蛉のわづかなちから指を去る しなだしん
>>〔169〕赤富士のやがて人語を許しけり 鈴木貞雄
>>〔168〕コスモスの風ぐせつけしまま生けて 和田華凛
>>〔167〕【林檎の本#4】『言の葉配色辞典』 (インプレス刊、2024年)
>>〔166〕山よりの日は金色に今年米 成田千空
>>〔165〕やはらかき土に出くはす螇蚸かな 遠藤容代
>>〔164〕どうどうと山雨が嬲る山紫陽花 長谷川かな女
>>〔163〕短夜をあくせくけぶる浅間哉 一茶
>>〔162〕蟬しぐれ麵に生姜の紅うつり 若林哲哉
>>〔161〕手のひらにまだ海匂ふ昼寝覚 阿部優子
>>〔160〕はらはらと水ふり落とし滝聳ゆ 桐山太志
>>〔159〕夏蝶や覆ひ被さる木々を抜け 潮見悠
>>〔158〕菖蒲園こんな地図でも辿り着き 西村麒麟
>>〔157〕夏の暮タイムマシンのあれば乗る 南十二国
>>〔156〕かきつばた日本語は舌なまけゐる 角谷昌子
>>〔155〕【林檎の本#3】中村雅樹『橋本鷄二の百句』(ふらんす堂、2020年)
>>〔154〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
>>〔153〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
>>〔152〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
>>〔151〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
>>〔150〕山鳩の低音開く朝霞 高橋透水
>>〔149〕蝌蚪一つ落花を押して泳ぐあり 野村泊月
>>〔148〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
>>〔147〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
>>〔146〕【林檎の本#2】常見陽平『50代上等! 理不尽なことは「週刊少年ジャンプ」から学んだ』(平凡社新書)
>>〔145〕山彦の落してゆきし椿かな 石田郷子
>>〔144〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
>>〔143〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
>>〔142〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
>>〔141〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
>>〔140〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
>>〔139〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
>>〔138〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
>>〔137〕湯豆腐の四角四面を愛しけり 岩岡中正
>>〔136〕罪深き日の寒紅を拭き取りぬ 荒井千佐代
>>〔135〕つちくれの動くはどれも初雀 神藏器
>>〔134〕年迎ふ山河それぞれ位置に就き 鷹羽狩行
>>〔133〕新人類とかつて呼ばれし日向ぼこ 杉山久子
>>〔132〕立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子
>>〔131〕亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助
