
空模様ととのえているキリンかな
森久
前回取りあげた〈変容期〉ののち、『LOTUS』創刊から、いったん退会するまでの、森の作品にふれてゆく。
空模様ととのえているキリンかな
首の長いキリンが、伏し目がちにまつ毛を揺らしながら、空を布のように口でつまみ、模様を整えている。キリンのからだの模様は雲にも見えて――そんな光景が立ちあがってくる。
だがその像は、すぐに解体されてゆく。
ほかの句もまた、固定されることがない。
久方の空気の破片さるすべり
ゆび入れて海は白い蛾遠い否
寝室をあめんぼの輪の蹂躙す
かたつむりタイムスパンを閃光す
茶の花と木魚グラスを分ち合う
一面の日々待ち伏せがやわらかい
帯解くやひらがなで来る流れ弾
こんにゃくに空気あつまるみどりの日
水の日の駅は駅まで運ばれて
人参がぼやけて降りるための駅
玉葱は天気の通りにはゆかず
向日葵の尾に触れ某氏流行す
濡れた手を入れて病院まで鯨
袋よりあふれ果実を淡くせり
私にとって森久の俳句は、ことば同士が動きあい、面白がっているように見える。
森が「世界って、おもしろいよな」と笑っている、そんな気がするのだ。
私が惹かれていたのは、初期のあふれる才気や、変容期に感じられるあやうさではなく、彼の作品から聞こえてくる〈声〉だったのかもしれない。
(次回へつづく)
引用・参照文献
俳句同人誌『LOTUS』創刊号〜第8号、第33号
(いなば也)
【執筆者プロフィール】
いなば也(いなば・なり)
短詩、俳句
楽園俳句会会員
X:@poet_Shijyu
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mail:inabanary@gmail.com